コロナ禍のわが国における自殺率、感染拡大第一波で減少するも第二波では特に女性を中心に増加
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下のわが国における自殺率は、感染拡大第1波(2020年2〜6月)では減少したものの、第2波(2020年7〜10月)では女性や若年者(20歳未満)を中心に増加したことが、2021年1月15日に「Nature Human Behaviour」に掲載された、香港科技大学の田中孝直氏と東京都健康長寿医療センター研究所の岡本翔平氏の研究1で明らかにされた。
この研究で使用されたのは、厚生労働省の統計に基づく2016年11月から2020年10月までの日本全国(1,848の市区町村単位)の月ごとの自殺数データ。差の差分法(Difference-in-Differences;DID)により、パンデミック中(2020年2〜10月)の自殺率が過去3年間(2016年11月〜2019年10月)の各月と同様に推移したものとした場合と、この期間における実際の自殺数との相違を、各地域における自殺率の推移の傾向や季節性も考慮に入れた上で検討した。
感染拡大第1波における月当たりの自殺率は全体で14%減少していた〔発生率比(IRR)0.86、95%信頼区間(CI)0.82-0.90〕。特に、緊急事態宣言下の2020年4月および5月における自殺率は、成人男性で21%(同0.79、0.73-0.85)、成人女性で27%(同0.73、0.65-0.83)減少しており、第1波の他の月(2、3、6月)より約2倍減少していた(成人男性:同0.90、0.83-0.96、成人女性:同0.85、0.76-0.95)。一方、70歳以上の高齢者の自殺率も低下していたが、4・5月と2・3・6月との違いは、大きくはなかった〔高齢男性:IRR 0.85(95%CI 0.73-1.00)対0.87(同0.75-1.00)、高齢女性:IRR 0.80(同0.64-1.00)対0.82(同0.67-1.00)〕。
ところが、第2波では、第1波とは逆に、月当たりの自殺率が16%増加していた(IRR 1.16、95%CI 1.11-1.21)。これは主に、女性と若年者の自殺率が上昇したためである。第2波での女性の自殺率の増加は37%(IRR 1.37、95%CI 1.26-1.49)で、男性の約5倍(同1.07、1.00-1.14)に上った。とりわけ2020年10月の自殺率は全体で38%と増加が顕著であり(IRR 1.38、95%CI 1.27-1.49)、この月の女性自殺率の増加は82%(同1.82、1.62-2.04)に達した。背景にあるのは、家庭内暴力(被害者の95%は女性)の相談件数が前年に比べて増加したことや、4~10月にかけての非正規雇用(女性労働者の56%が非正規雇用)が前年に比べて減少したことなどで、これらが女性の心理に悪影響を及ぼした可能性が考えられる。若年者の自殺率は第2波で49%増加したが(同1.49、1.12-1.98)、これは臨時休校終了後の期間に当たっていた。
さらに、雇用・就業形態別の分析をしたところ、主婦(賃金労働に従事していない既婚女性)は、パンデミック全期間で自殺率が増加し、特に2020年7月から10月にかけては132%と大幅に増加していた(IRR 2.32、95%CI 1.65-3.26)。このことは、自営業者の自殺率の変動が第1波でも第2波でも小さかったことと対照的であった。
著者らは、「第1波で自殺率が減少したことは、政府からの給付金も支給や労働時間の短縮、また休校措置など、さまざまな要因が複合的に関わった結果と考えられる。ところが、パンデミックによる悪影響はこれから先も続く恐れがあるのに対し、政府からの給付金は、予算に限界があることから、今後も支給されるとは限らない。特に弱い立場にある人々に対して有効な自殺予防策を打ち出せるかが、公衆衛生上の重要な鍵となろう」と述べている。(編集協力HealthDay)