うつ病に対する反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)の有効性と適切な使用法

うつ病患者のおよそ3割は複数の抗うつ薬に反応しない治療抵抗性であることが知られており、こうした患者に対する経頭蓋磁気刺激療法(Transcranial Magnetic Stimulation :TMS)が注目されています。

経頭蓋磁気刺激療法(TMS/rTMS)の治療原理とうつ病治療における位置づけ

うつ病患者のおよそ3割は複数の抗うつ薬に反応しない治療抵抗性であることが知られており、こうした患者に対する経頭蓋磁気刺激療法(Transcranial Magnetic Stimulation :TMS)が注目されています。

TMSのうち規則的な刺激を繰り返し与える方法を反復経頭蓋磁気刺激(repetitive TMS: rTMS)と呼びます。わが国でも2017年9月に薬物療法に反応しないうつ病患者に対する新規治療法として、米国Neuronetics 社製のTMS/rTMS治療装置であるNeuroStarが承認され、その適応は「既存の抗うつ薬による十分な薬物療法によっても期待される治療効果が認められない中等症以上の成人(18 歳以上)のうつ病」とされています2

rTMSによるうつ病治療では、背外側前頭前野が標準的な刺激部位として選択されることが多く、左前頭前野への高頻度rTMSあるいは右前頭前野への低頻度rTMSに大別されます3 。これまでの知見から、rTMSにより背外側前頭前野や腹内側前頭前野でドパミン、ノルアドレナリン、グルタミン、コリン、神経栄養因子などが増加したことが示唆されています3。また、rTMSはうつ病に加えて、強迫性障害、不安障害、摂食障害、統合失調症などの精神疾患にも応用が試みられており、さらには脳卒中、パーキンソン病、脊髄損傷などの中枢神経疾患に対するニューロリハビリテーション分野など、精神疾患以外の領域でも研究が行われています3

rTMSの有効性と安全性

うつ病に対するrTMSの有効性が海外の無作為化比較試験(RCT)やメタ解析で検討されています。2件のメタ解析からは、rTMSの治療効果は電気けいれん療法に対して明らかな優位性はないことが示されています4,5。一方、2件の大規模 RCTにおいて二重盲検期ではともに約15%、非盲検期(6週間)では 約30%が寛解に達していました6,7。メタ解析からも約20%が寛解に達したことが示されています8。一方、再発率については「rTMS療法反応例における治療6~12ヵ月後の再発率は10〜30%と推定される」との意見もあります9
rTMS では痙攣が発生し、重篤な転帰につながることが懸念されましたが、海外の主要な臨床試験では、刺激痛(約30%)7,10,11や頭痛(10%未満)7,10,11などが比較的高頻度で認められたものの、痙攣発作は認められず、中止例はありませんでした。痙攣発作の発生率は低い(0.1%未満)7,10,11と考えられていますが、痙攣発作のリスクが高い症例への使用には注意が必要です2。また、ペースメーカや人工内耳など刺激部位に近接する部位へのデバイス植え込み例は絶対禁忌であり2、義歯やインプラントなどの使用例、体内埋設型の投薬ポンプ植え込み例についても相対禁忌とされています2

rTMSの適切な使用法と実施施設基準

rTMS が安全に実臨床に導入されることで治療抵抗性うつ病に対する治療選択肢が広がることが期待されます。rTMSの適応と適切な使用法について、日本精神神経学会は以下のように指導しています2

  • rTMSは急性期治療に用いる治療法であり、現時点で維持療法(再燃・再発予防)に関する有効性についてのエビデンスはない。
  • また、切迫した希死念慮や精神病症状、緊張病症状、速やかに改善が求められる身体的および精神医学的状態にはrTMS 療法の適応はなく、電気けいれん療法が優先される。

また、同学会では実施施設基準として、以下の4つの条件を挙げています2

  • 1名以上の精神科専門医が施行日に勤務していること。
  • rTMSの禁忌事項の事前評価を適切に行えること。
  • rTMSによって誘発された痙攣発作とその併発症(嘔吐物誤嚥、口腔内咬傷、 転倒・転落による外傷など)への迅速な対応ができる院内連携体制あるいは連携医療機関を有していること。
  • rTMSに限定したリスクではないが、うつ病の経過中において切迫した希死念慮が出現する可能性があり、その際に迅速な精神科入院を行える医療連携を有すること。

これに加えて同学会では、同学会が行う講習会12または企業による該当機器の実技講習会の受講を求めています。

図 経頭蓋磁気刺激療法(TMS)の治療装置

 

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TMSは磁気誘導による非侵襲的な神経刺激(neurostimulation)を与えることで脳の特定部位を活性化させる治療法。頭部に押し当てた専用コイルに瞬間的に高電流を流すことで頭蓋内に磁場を発生させ、この磁場が脳内の局所に電流を誘導して特定の神経細胞群を非侵襲的に刺激する。治療装置は、電流を発生させる本体(コンソール)、磁場を発生するコイル(トリートメントコイル)、治療台(トリートメントチェア)、ディスプレイモニタ、患者の頭部を支持するヘッドサポートシステムなどで構成される。

 

監修者:国立精神・神経医療研究センター 名誉理事長・一般社団法人日本うつ病センター 名誉理事長 樋口輝彦先生

参考文献

  1. Rush AJ, et al. Am J Psychiatry. 2006 ;163: 1905-17.
  2. 日本精神神経学会新医療機器使用要件等基準策定事業rTMS 適正使用指針作成ワーキンググループ:平成29年度新医療機器使用要件等基準策定事業(反復経頭蓋磁気刺激装置)事業報告書.
    https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/Guidelines_for_appropriate_use_of_rTMS.pdf (2020年6月確認)
  3. 鬼頭伸輔. うつ病に対する経頭蓋磁気療法(TMS). Jpn Rehabil Med 2019. 56: 38-43.
  4. Slotema CW, et al. J Clin Psychiatry. 2010. 71: 873-84.
  5. Chen JJ, et al. Behavioural brain research. 2017. 320: 30-6.
  6. George MS, et al. Arch Gen Psychiatry. 2010. 67: 507-16.
  7. O'Reardon JP, et al. Biol Psychiatry. 2007. 62: 1208-16.
  8. Brunoni AR, et al. JAMA psychiatry 2017; 74:143-52.
  9. Perera T, et al. Brain Stimul 2016; 9: 336-46.
  10. Rossi S, et al. Clin Neurophysiol 2009; 120: 2008–39.
  11. 松本英之, 他. 臨床神経生理学会 脳刺激の安全性に関する委員会. 磁気刺激法の安全性に関するガイドライン. 臨床神経生理学2011; 39: 34-45.
  12. 日本精神神経学会.反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS)講習会.
    https://www.jspn.or.jp/modules/meeting/index.php?content_id=184(2020年6月確認)