パーソナルリカバリー リレーインタビューVol.5 精神科医
これまで4回にわたり、うつ病のパーソナルリカバリーについてさまざまな立場の方々にお話を伺ってきました。本シリーズの最後は、うつ病や精神疾患を経験した方の社会復帰について研究・支援に尽力されている精神科医の堀輝先生です。
医師ならでは立場から、パーソナルリカバリーと実臨床(治療)とのバランス、パーソナルリカバリーを考慮したときの診療プロセス、多職種連携の取り組みなど、臨床現場でのご経験を交えてお話を伺いました。
堀 輝 先生
(福岡大学医学部精神医学教室 教授)
—はじめに、医師としてパーソナルリカバリーについてどのようにお考えか教えてください。
パーソナルリカバリーは、統合失調症やうつ病などの疾患を抱えながらも自身の希望を実現して満足な生活を送れるようになる、さらには発病前の自身を超えるような成長をも含む概念です1,2。当事者が「こうなりたい/こうしたい」という思いや実体験を直に聞くと、私たち医師の心に響くものです。
この概念が広がることで、当事者が「思ったことや体験談を医師に伝えていいのだ」と思ってくれるのではないかと期待します。精神科の先生方の中にはさまざまなお考えがあるかと思いますが、個人的には、この概念を取り入れて当事者の治療・回復後の対応に活かすことに賛成です。
しかし臨床の現場において、医師が当事者のパーソナルリカバリーに取り組めているかというと、まだ十分ではないように思います。
当事者の多くは、受診時には症状の改善、例えば「うつ症状をなくしてほしい」「眠れないから何とかしてほしい」といったことを求めています。そういった精神症状の改善や認知機能の回復、すなわち臨床的リカバリーが前提にあってパーソナルリカバリーに目が向いていくのではないでしょうか。言葉だけが先走って、医療者側がパーソナルリカバリーにばかり重きを置くと当事者とのすれ違いが起こる懸念があります。
また、うつ病治療では、難治化して臨床的リカバリーが十分に達成できていない例もしばしば経験します。症状があまり改善していない中で当事者にパーソナルリカバリーの話題を出すと、「これ以上、治ることが難しいのでは」「匙を投げられたのでは」とネガティブに捉えられかねないので注意が必要です。
—そのような状況下で、パーソナルリカバリーを臨床に組み込むための方策はありますでしょうか。
当事者の思いを共有しながら治療ゴールを定め、道筋をつけて“一緒に歩む”ことが、最終的なパーソナルリカバリーに近づくのではないでしょうか。治療ゴールの中に、パーソナルリカバリーの概念を自然な形で取り入れることが大事になると思います。
私は「一緒に山を登りましょう」と話します。同じ山、すなわち登るところを共有し、その登り方を相談していきます。登り方はいろいろあり、道もいくつかあり、歩きもロープウエーもあれば、新しい道を進むこともあるでしょう。医師と当事者、そして家族も含めれば、三者が、別々の山を登らないようにすることが大事です。
当事者の中には、自ら人生の再構築を考え、パーソナルリカバリーに達する方もいらっしゃいますが、実際にそこまで考えられる方は多くありません。医師に頼りたい方もいれば、パーソナルリカバリーを促す声掛けを何度も行うことで思考が整理できる方、逆に声掛けをくり返すと「何度も聞いているのに」「私を軽く思われているのでは」と拒否反応を示す方もいます。つまり、一般化が難しいのです。
目の前の当事者がどのような考えをお持ちなのか推察し、対応することが精神科医に求められています。そして、一番大切なのは「医師・医療者に投げ出された」と当事者に感じさせないことだと思います。
「うつ病になった自分でも社会的な意味があり、どのように人生に役立たせるかという視点が重要と考えます」
—パーソナルリカバリーの観点を含めて、当事者への共感をもって診療されることが重要ということですね。
たとえ、うつ病が完治していなくても、うつ病になってしまった自分に何かしらの意味があり、どのように人生に役立たせるかという視点を持つことが重要と考えます。つらい思いを抱えている当事者の方にとっては難しいこととは思いますが、精神科医の立場としては有名論文に掲載されているデータよりも、当事者の思いの方が興味深いものです。
私は臨床だけでなく教育の現場にも携わっていますが、10年ほど前から教育の大切さを感じ、若手医師の指導にも力を入れています。
若手医師には「エビデンスは大切だが、臨床ではそれに囚われ過ぎずに、当事者の価値観に耳を傾けることが重要だ」と伝えています。また、当事者との心の距離を縮めるために、世間のニュースや趣味、ゲームでも良いので視野を広めてほしいと指導しています。当事者との意外な共通項から、当事者が心を開いてくれることもあるからです。
また、他職種のメディカルスタッフと、症例を一緒に検討することが多くなりました。彼らは、やる気はあるのに精神科教育や臨床の現場を経験できないことが多いように感じていました。また、うつ病治療は医師と当事者の1対1の関係よりも、多職種によるpatient-centeredの体制の方が望ましいと考えます。当事者が加わったときの診療体制は、メディカルスタッフを含めた皆が水平・対等にいるイメージです。医師は当事者の近くで、当事者とバランスを取りながら接する、言い換えればshared decision making(SDM)のような当事者-医師の関係を心がけます。
メディカルスタッフとの関係としては、トップダウン型での伝達は避けています。以前はメディカルスタッフが医師の意見に対して自分の意見を述べることが難しかったと思います。今は、スタッフ自らが関わる症例を報告してもらい、活発に意見を述べて皆で検討しています。精神科領域の知識が付きますし、スキルをさらに輝かせられると考えています。
「些細なことでも伝えられる環境を整え、話しやすい環境や雰囲気作りが精神科医の大事なスキルの一つだと思います」
—パーソナルリカバリーを鑑みて当事者と接する際、先生はどのようなことに気を付けていますか。
治療を行う上で気をかけているのは「困っているけど言いだせない」当事者です。自分の思いを言語化することが苦手な方もいらっしゃいます。些細なことでも医師に伝えられる環境を整え、話を引き出すのが私たち精神科医のスキルだと思います。
うつ病当事者の立場からすると、しんどい症状もあるのに医師と話さなければいけません。これは相当に大変なことなので「この人になら、ちょっと自分の恥ずかしいところ/言いたい・やりたいことをさらけ出してもいいのではないか」と思っていただけるように心がけています。前述した、視野を広くして共通項を増やすこともその一例ですね。そして、治療同盟を深めて維持していけば、自ずとパーソナルリカバリーへつながると思います。
—診療のコツなどがあれば、あわせて教えてください。
日常診療では医師が「言った」、当事者が「聞いていない/知らない」と水掛け論になることがありますが、それは伝え方が悪いために伝わっていないと考えます。私の場合は「いま説明したことを、どのように理解していますか」と聞いて答えてもらい、説明した内容が的確に伝わっているかを確かめています。当事者が理解しやすいよう紙に書いて渡すのも効果的ですし、相手が理解できない言葉で話さないことも重要です3。
また、当事者に寄り添うべく、「私はあなたの味方ですよ」などと伝えることもあります。ただし、単に寄り添い、対等になれば良いわけではありません。医学的にリスクが高いことは「お勧めしない」と伝えながら、当事者のより良い人生を共に拓いていくのが現実的な診療だと思います。
また、仕事のオン・オフははっきりと分けるように意識しています。約20年前のことですが、1日に3人の当事者に「先生、今日はイライラしていますね」と指摘されたことがありました。当事者は医師をよく観察している、と気づかされました。
—先生は労働者のうつ病にも造詣が深いですが、特有の問題はありますでしょうか。
労働者のうつ病では復職が重要かつ明確な目標になるため、治療の見通しを伝えることはとても重要だと考えています。ただ、臨床の先生方もご存じの通り、うつ病では一定割合で寛解しにくい例もあり見通しが立てづらい点は否めません。また、就労はただ生活を送るだけではなく、負荷が一段階強まる活動であるため復職のタイミングが難しいですね。
当事者は復職を急ぎがちですが、回復にはある程度の期間が必要であることをうつ病特有の認識として理解してもらうことも重要です。見通しを伝えたものの、その見通しが叶わないようなときには「まだ動けない、万全ではないですよね」という客観的な事実を伝えつつ、「仕事などでまたミスが多くなるかもしれません。いま復職しても、上司に咎(とが)められるなど、あなたにとって得ではないと私は思います」と復職後の予測を述べ、当事者に理解を求めることが多いです。
—復職のタイミングを考慮する場合に、どのような判断基準を用いているのでしょうか。
復職では勤めている企業の規定に基づいた治療を考えますが、まずは生活リズムと活動性の評価からですね。会社が求める時間帯にきちんと出勤し、与えられた業務を行うことができるかが判断基準になります。休職中は体力が落ちていることも多いので、出勤時間中に長時間の休憩が必要な状態では復職は難しいと考えます。
また、機能的評価も重要です。私たちがうつ病で休職した後に復職した日本人労働者を対象に、次の病気休職の危険因子について1年間の追跡調査を行ったところ、社会適応度や認知機能(ワーキングメモリ)が低いほど、うつ病による欠勤が多いことがわかりました4。この結果を受け、「職種によって必要な機能が異なるケース」を考えるようになりました。例えば、事務職の当事者にワーキングメモリー向上につながるトレーニングを提案することもあります。
—パーソナルリカバリーを評価する尺度としてGAS-D(Goal Attainment Scale for Depression:目標達成尺度)がありますが、この尺度についてはどのようにお考えでしょうか。
GAS-Dは到達可能な目標を設定し、達成度を測る尺度ですから、パーソナルリカバリーと親和性が高そうです。一方で、目標を立てるとなると期待値が大きくなり、「到達可能な目標」を適切に設定する難しさがあります。また、目標達成に追われたり、目標を期間内に達成できずに当事者が自責の念にかられたりすることが無いようにケアを行うことが求められます。
客観的な評価、また点数化による症状やQOLの可視化は大切ですから推進すること自体は良いことだと思います。ただし、客観的評価がすべてではありません。精神医学は他にも生物学的・心理的・社会的問題がそれぞれ影響を及ぼし合っていますから、どれも重要だと思います。
—最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。
うつ病を診る先生方は「当事者が自由に話せる場を作りたいが、時間がないからできない」というジレンマに陥っているのではないでしょうか。解決策の一例として、多職種連携により当事者と医療者が話をする機会を創出するという方法があります。
当院の取り組みを紹介すると、入院例では多職種カンファレンスを非常に活発に行っており、看護師を中心にそれぞれの職種が当事者と関わり、自分の意見をもって発言する場を設けています。他職種のスタッフの意見を医師に集約・共有することで、医師が当事者と話をする時間が取れなくても当事者の意向を診療に反映できます。
うつ病などの精神科診療では、他職種のスタッフが臨床の現場に積極的に関わってもらうことが重要と考えます。私の場合は、薬剤師と一緒に当事者を診ることもあります。実際の当事者を目の前にすると、メディカルスタッフの意識が高まり、やりがいにもつながりますし、当事者の「こうなりたい/こうしたい」という声を直に聞く機会にもなります。
「医療にかかわる人々が、実際の当事者を診る」ことが、連携やpatient-centered care、ひいては当事者のパーソナルリカバリー達成に良い影響をもたらすと思います。
<プロフィール>
医師 堀 輝 先生
福岡大学 医学部精神医学教室 教授
2003年に産業医科大学医学部卒業後、産業医科大学医学部神経精神科に入局。2018年にDepartment of Psychiatry, University of Adelaideに留学し、Bernhard T. Baune教授の下で認知機能に関する研究に従事。2021年から福岡大学医学部精神医学教室講師、准教授を務め、2024年4月より現職。専門は認知脳科学、精神神経科学で、臨床研究としては労働者のうつ病などを手掛けているほか、統合失調症、神経発達症などに関する論文も多数執筆している。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年2月26日
取材場所:ルンドベック・ジャパン(東京都港区)
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