自死遺族専門外来から得られたこと~5年目へ向けて 精神医学クローズアップVol.27

衞藤 暢明先生
(福岡大学医学部 精神医学教室 講師)

2006年の自殺対策基本法の施行以降、国や地方公共団体による自死遺族支援の取り組みが行われていますが、支援の内容や体制構築には依然としてさまざまな課題が残っています。自死遺族の方々が心の不調を訴えて精神科を受診するケースも多く、精神科医には適切な対応が求められます。

本稿では、日本でも数少ない自死遺族専門外来を開設し自死遺族への支援に取り組まれている衞藤暢明先生に、専門外来を始めた背景や実際の支援内容、一般診療医が自死遺族を診るときの注意点などについてお話しいただきます。

 

自死遺族専門外来の取り組み

―2021年4月に自死遺族専門外来を開設された背景についてお話しください。

福岡大学病院ではもともと、2006年から自殺未遂者に対し救命救急センターでの介入を始めていました。ただ、救命救急センターでの介入だけでは自殺に関わる幅広いニーズに対応できず、2017年に福岡大学博多駅クリニックに「自殺予防外来」を開設しました。名前の通り「自殺予防」を目的とした外来でしたが、相談できる場所が他にないという理由で来院される自死遺族の方が予想以上に多く、自死遺族への精神科的な支援の必要性を強く感じました。

ここ15年ほどで行政や自助グループなど自死遺族の相談にのり、支援をする枠組みはできつつありますが、自死遺族の方がご自身の精神的な症状を相談したり、治療を受けたりする場所がほとんどありませんでした。自助グループによるサポートは、死別からしばらく経った後は支えになるものの、直後はかえって状態が悪くなってしまうケースもあり、個別の精神科的な治療が必要です。そこで自死遺族の方を専門的に診るために自死遺族専門外来を開設しました。

―自死遺族専門外来の開設にあたっては、さまざまなご苦労があったのではないかと思いますが、振り返っていかがでしょうか。

一番の懸念は、自死遺族の方々が精神科医療にどのようなイメージを持っているかでした。精神科で治療を受けていて、それがうまくいかず残念ながら自死に至ってしまうケースは少なくありません。そのため、自死遺族の方は「治療していたのに効果がなかった」と精神科医療に対してネガティブな感情を抱えておられることがあります。受診に抵抗感を覚える方がいるため、開設にあたっては自死遺族の方々が「ここなら相談してもいい」と思える環境づくりに努めました。具体的には、予約が入った時点で「こういう人が対応します」と伝えるための配慮として、私が電話で直接やり取りをして診療日時を決めています。時には面談場所にも気遣います。また一般的な精神科で使われる問診票とは別に専用のものも用意し、スタッフも同様に丁寧に対応するよう心がけています。

さまざまな懸念はありましたが、それ以上に「受け皿がない」という現状の深刻さが大きく、まずはできることから始めようという思いが強くありました。ようやく最近になって「これでいいのだろうな」と思える形が整ってきた実感があります。

「死別直後をどう乗り越えるかが大きな課題であり、精神科医としてできることは多い」

―自死遺族専門外来では、どのような支援をされるのでしょうか。

基本的には、定期的にお会いすることを軸にして、その時々で必要な治療や支援を行います。必要とされる支援は時期によって変化しますが、特に死別直後は不安や不眠などの精神症状が出やすいほか、ご家族の間で「何が悪かったか」と原因探しを繰り返すうちに遺された家族の間で関係が悪化してしまうこともあります。この時期をどう乗り越えるかが大きな課題で、精神科医としてできることは多いと感じています。

死別から1年ほどは相続や保険などの手続きで決断を求められる場面がありますが、精神症状の影響で判断が難しくなることもあります。罪悪感や不安に基づいて選択してしまうこともあるため、私たちが客観的な視点から話をするなど、継続的にサポートすることが求められます。もちろん私たち医療従事者だけではサポートできないケースもありますので、行政や警察、弁護士会、宗教関係者、自助グループなどさまざまなプレーヤーと関係性を構築し、自死遺族をトータルで支援できる体制づくりも行っています。

その後、1年を過ぎると周囲の支援が途切れがちになり、改めてどんな支援が必要かを考える時期がきます。必要に応じて心理療法や精神療法などのより深い心のケアを行うこともあります。

―自死遺族の方は、どのような経路で外来を受診するのでしょうか。

2021年4月から2025年3月までに自死遺族専門外来を受診された方は44人です1。1回の相談のみの方が18%で、残りの82%が継続して治療を受けており、平均の治療期間は22か月でした1。受診経路はさまざまですが、他の医療機関の精神科や行政からの紹介のほか、ご自身で調べてたどり着かれる方も3割ほどいます。

 

自死遺族へのかかわり方、気をつけるべきポイント

―一般精神科医が自死遺族を診療する際、どのような点に注意したらよいのでしょうか。

私が診療するときは、その方が何を求めて受診したのか、ニーズを把握することに力を注いでいます。ニーズはすぐ分かる方もいますが、数回お会いしないと分からない方もいます。ニーズを把握するには、自殺で家族を失う体験が社会でどう受け取られているとイメージしているか、自殺が起こったときにその方がどのように知ったかなど、その方の状況をしっかり聞くことが必要です。どこまで踏み込んでよいか迷う場面もあるかもしれませんが、自死遺族の方が何に困っているかを話せる場所は限られますので、その方にとってもプラスになるのではないかと考えています。

また、自死遺族の方の多くは、強い罪悪感を抱えて受診されます。亡くなった方と自分との関係性に過度な意味づけをしてしまい、「自分のせいではないか」「自分が普通の生活をしてはいけないのではないか」と苦しまれる傾向があります。初期の支援では、そうした自責の念を和らげることが大切です。「自殺がなぜ起こったかについては分からないことも多い」「今あなたが体験していることは、そのような状況下で起きて当然の反応である」「時間はかかるが、以前の感覚のほとんどを取り戻すことができる」という現実的な判断を提供するのは、精神科医にできることではないかと思います。その後、うつ病やPTSD、アルコール依存などに移行するケースもありますが、いずれも適切な治療によって回復は可能ですので、「今はサポートを受けるべき時期です」と明確に伝えることが大切です。

「自死遺族と関わるうえで重要なのは、『害を与えない』こと。求められていないことはしないというスタンスで接しています」

―医療者として知っておくべき心構えを教えてください。

一番大切なのは、「害を与えない」ことです。「自死遺族が求めることをする。求めていないことはしない」ことが重要だと考えています。そのためにも自死遺族の方のニーズをしっかり把握することが必要です。そしてご本人の回復力、自己を取り戻す力を尊重し、自立的な回復を支えるというスタンスで接しています。例えば、ご本人から「もう大丈夫です」と外来を卒業したい旨の申し出があった場合、それまでの支援を通じてご自身のニーズを認識できるようになった証として、ご本人の選択を尊重しています。同時に「いつでも戻ってきてくださいね」と伝え、相手が求めているときにはいつでも支援できるよう努めています。

また、悲しみの在り方は一様ではなく、人それぞれで違っていいということも、医療者が理解しておくべき視点です。これは災害支援の場でもよく話すことですが、自死遺族支援にも共通する考え方です。

 

日本の自殺予防や遺族支援における課題

―自死遺族専門外来に取り組まれてきた中で感じた課題や、今後強化していきたい取り組みについて教えてください。

取り組みを始めてもうすぐ5年になりますが、一般精神科医の先生方との連携によってできることが思った以上に多いと感じています。今後は自死遺族への支援ができる医師を育て、取り組みを広げていく活動にも力を入れていきたいと思っています。

もう一つの課題として、自殺で患者さんを亡くした医療者への影響にも目を向ける必要があります。実際にそれがきっかけで医療職を辞める方や精神科を離れる方もいます。そうした人たちを支えられる枠組みを作っていくことが、自殺未遂者や遺族の支援を継続していくためには不可欠です。

「自殺予防や自死遺族支援に向けた深い理解や思いを社会と共有するために、もっと精神科医が発信していく必要がある」

―日本の自殺予防の取り組みや報道について先生のお考えをお聞かせください。

2006年頃から日本でも自殺対策が進み一定の成果はありましたが、今は一度立ち止まり、自死遺族への支援に目を向けるべき時期だと感じています。啓発活動は偏見を減らす意義がある一方で、遺族にとっては「自殺を防げなかった」と罪悪感を強めるきっかけになってしまうこともあります。自死遺族の視点を取り入れた対策を進めていくことが今後は求められると考えています。

報道に関しても、手段を伏せる、相談窓口を紹介するなどの工夫はありますが、自殺が遺された人に与える影響や、その背景の複雑さに十分な配慮がされているとは言えません。

精神科医の立場から今後できることとしては、メディアに一方的に要請するのではなく、メディアの役割やニーズを理解した上で対話を重ねることが挙げられます。北欧ではメディアとの対話が進んでおり、著名人の自殺が起きても細かく報道されることはない2など、文化的な変化につながっています。精神科医が自死遺族の問題を扱うということで、批判を受ける可能性があることも承知しています。それでもなお、表面的ではない深い理解や思いを社会と共有するために、もっと精神科医が発信していく必要があると感じています。

―最後に、読者の先生方に向けてのメッセージをお願いします。

自死遺族の方のニーズはたくさんあり、精神科医療に求められる役割は大きいと感じています。臨床の場で話を聞くだけでも助かる方は大勢いますし、無理に介入するのではなく求めがあれば応じるというスタンスが、最も自然で有効な関わり方ではないかと思います。従来の診療の枠組みの中でも対応できることは多く、難しければほかの対応可能な機関を紹介するという方法もあります。危機的な状況では、ちょっとした支援が大きな力になります。自死遺族を孤立させないための医療が少しずつでも広がっていくことを願っています。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年9月26日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)

Progress in Mind Japan Resource Centerは、会員の皆様が安心して自由に意見交換できる場を提供することを目指しています。
本コンテンツに登場する先生方には、Progress in Mind Japan Resource CenterのWebコンテンツ用の取材であることを事前にご承諾いただいたうえで、弊社が事前に用意したテーマに沿ってご意見・ご見解を自由にお話しいただき、可能な限りそのまま掲載しています。
お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。

参考文献

  1. 衞藤暢明.「自死遺族専門外来を受診した後の経過について」ポスター発表:第49回日本自殺予防学会総会(2025年9月6日、島根県出雲市)
  2. 森山花鈴:社会と倫理.2020; 35: 141-152.