ニューロイメージングの進化と精神医療への貢献 ~fMRIの臨床活用への期待~ 精神医学クローズアップVol.26
岡田 剛 先生
(広島大学大学院 医系科学研究科 教授)
機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)は非侵襲的に脳の活動を視覚化できる技術であり、うつ病をはじめとした精神疾患の病態解明に大きく貢献してきました。近年では技術や手法の向上もあり、診断バイオマーカーの開発やニューロフィードバックの手法を用いた治療介入など、臨床への活用に期待が高まっています。
本稿では、fMRIとAI(機械学習)を組み合わせたニューロイメージング研究を専門としている岡田剛先生に、従来のうつ病診療が抱える課題にfMRIがもたらすブレークスルー、fMRI研究の成果、今後の展望についてお話を伺いました。
うつ病治療の課題とfMRI研究の意義
―はじめに、岡田先生がfMRIを用いた研究に進まれた経緯について教えてください。
実は、はじめから脳画像の研究をしようと思っていたわけではありませんでした。先輩方から大学院への進学を勧められたことが始まりです。当時、広島大学では脳画像研究は行われていませんでしたが、山脇成人教授が獲得された大型の研究費により、ヒトを対象とした脳機能研究を開始することになりました。そこで岡本泰昌先生のご指導のもと、fMRIの撮影から試行錯誤を重ねて研究をスタートしました。大学院時代に行った言語流暢性課題のfMRI研究1で、うつ病患者さんの左前頭前野の一部に働きにくい領域があるという結果を得たことが「将来、診断に使えないか」という大きな夢となり、大学院卒業後も研究を続けるモチベーションになりました。
2010年代に入り、安静時fMRIという新しい手法や、AI・機械学習の専門家と連携する大型研究プロジェクトに参画できたことが大きな転機となり、大規模なデータ収集とAI解析という環境が整ったことで、「研究結果を臨床応用までつなげていきたい」という願いが現実的な目標として追求できるようになりました。
―「研究結果を臨床につなげたい」ということですが、岡田先生が臨床面で感じている課題とは何でしょうか。
最大の課題は、精神疾患の客観的な検査方法が存在しないことだと考えています。例えば虚血性心疾患では心電図やエコー検査で心筋の虚血や収縮機能の異常を評価し、カテーテル検査で冠動脈の狭窄や閉塞の程度を確認することができますが、精神疾患にはこのような客観的な検査法がありません。
特にうつ病に関しては、抑うつや不安などの症状は誰にでも起こり得るため、短時間の診察で、薬物療法を含む生物学的治療が必要な脳機能の異常を見極めるのは容易ではありません。そのため、健康な人には生じ得ないような脳機能の異常があるか、異常がある場合、それが特定の治療法によって改善し得るかどうかを客観的に評価する手段を確立することが求められています。
現在、うつ病は米国精神医学会(The American Psychiatric Association:APA)が発行したDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)という操作的診断基準に沿って診断されることが一般的になっていますが、基本的にDSMは診断不一致を解消することを目的としているため、臨床でみられる多様な病態を十分に反映しているとは言えません。もちろん臨床医はDSMだけで診療しているのではなく、患者さんの「何が問題で、どのように解決していけば良いのか」というCase Formulation(事例定式化)を行っていると思います。以前から行われていた伝統的な精神医学では、詳細に病歴を取り、「その人らしさ」の連続性に注目し、それが断たれている場合に疾患的であると判断してきました。こうした判断を、本人のみを対象とした限られた診療時間の中で行うのは極めて難しく、疾患と関連した病態を捉えることができる客観的な検査法が必要とされています。
「AIを活用した脳画像データの解析により、疾患と関連した病態を客観的に捉え、診断や治療方針の判断に役立つ検査法の開発を目指しています」
―こうした課題の解決に向けて、fMRI研究はどのような役割を担っているとお考えですか。
fMRIは高い空間解像度と時間解像度で、非侵襲的に脳活動の変動を評価できる優れた検査方法です。初期の研究では、患者さんにさまざまな課題を行ってもらいながら脳活動の変化を測定する「課題遂行型fMRI」が主に用いられていましたが、「安静時fMRI」でも機能的な脳回路を評価できることが明らかになり、課題の遂行が困難なうつ病患者さんであっても脳活動の評価が可能になったことで、現在はこちらが主流となっています。撮像技術の進歩によって10分程度で全脳の状態を包括的に把握できるようになり、さらにAIを活用して脳画像データを網羅的に解析する研究も進められています2。こうした技術を駆使してうつ病の病態を解明し、脳機能の異常を客観的に捉えるバイオマーカーを開発していくことが、診断の効率化と治療の最適化に向けた重要な鍵になると考えています。
「fMRIを用いた脳回路の解析により、約70%の確率でうつ病度を判定できるバイオマーカーの開発に成功し、現在は臨床応用に向けた検証を進めています」
fMRIを用いたバイオマーカーの開発
―先生の研究チームが企業と共同で開発されたうつ病の脳回路バイオマーカーについてご紹介ください。
脳は各部位が単独で活動しているのではなく、ネットワークを形成して協調的に働いていることがわかっており、その同期の程度(機能的結合)は個人によって異なります。fMRIで脳を計測すると、その人の機能的結合のパターン、いわば「脳の機能的な配線図」が得られます。ATR(Advanced Telecommunications Research Institute Internationa)、広島大学、東京大学、昭和大学、京都大学、山口大学などの共同研究で、うつ病群と健常群の脳の配線図を機械学習で網羅的に解析したところ、全脳の7万以上の結合のなかからうつ病の識別に有用な25個の結合が明らかになりました。この25個の結合に重み付けをして、一つの数値として統合したものがうつ病診断脳回路マーカーで、これを指標に個人ごとのうつ病確率を算出します(図)。このマーカーは、施設や機種の違いを超えて安定して機能し、さらに新たなデータに対しても汎化性能を示すことが確認されており、うつ病確率が50%を超える場合を脳回路マーカーの結果がうつ病であると判定すると、施設を問わず約70%の確率でうつ病を判別することが確認されています3,4。
この研究結果をもとに、ベンチャー企業が産学連携のもとで開発した「XNef-Brainalyzer解析プログラム」が、2025年3月5日付でクラスIIのプログラム医療機器として厚生労働省より承認されました。これは「AIを用いて脳MRIデータから脳の機能的結合を定量的に解析し、脳回路機能を客観的に評価できるプログラム」としての承認であり、今後はうつ病診断の補助としての適応追加を目指しています5。
(A)10分間の安静時状態のfMRI 時系列データから、全脳にわたる379の各脳領域から信号波形を取り出す。
(B)全ての脳領域のペア(71,631個=379×378÷2)において、脳活動を反映するMRI信号の時間的変動の相関係数(機能的結合)を計算する。相関係数は、2領域間(ROI-1とROI-2)の脳活動が正の相関(=同時に活動が高くなったり低くなったりする)では1に近い値に、負の相関(=一方の活動性が高いときに、他方の活動性が低いなど)では-1に近い値に、無相関(=互いに関連しない)では0に近い値を取る。
(C)その中で、「うつ病脳回路マーカー」として選定された、うつ病の識別に有用な25個の結合について、その強度に重み(係数)を掛け合わせたものを全て足し合わせ、ロジスティック関数に入力することでうつ病確率を計算する。
広島大学:【研究成果】MRIを用いたうつ病の客観的診断支援法が実用化へ向けて大きな前進
~新規データで客観的診断支援法の信頼性と前向き汎化性の検証~
https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/75388(2025年10月9日閲覧)より一部改変
―診断用バイオマーカーとして確立させるまでに、どのような課題がありましたか。
私たちの研究に限らず、一つの施設で開発された脳回路マーカーは、他の施設では機能しないことが海外の研究でも指摘されていました。これは、限られたサンプルデータに機械学習を適用することで、そのサンプルにのみ特化した特徴まで学習してしまう「過学習」が起こり、汎化性が低下してしまうためだと考えられます。
この過学習の問題を解決するためには多施設から収集したデータを用いる必要がありますが、施設(MRI機種)による値のばらつきのため一緒に解析を行うことができないという課題がありました。この問題を解決するためにATRを中心に開発されたのが、Traveling Subjectを用いたHarmonization(調和)法です。これは、同一の被験者が複数の施設を訪れて撮像を行うことで機種由来のバイアスを特定し、施設間のデータを均質な大規模データとして統合する手法です6。この方法を適用したマーカーは、前述のように他施設で取得したデータや新規にリクルートした被験者においても同様の精度を示し、臨床応用に向けて大きく前進しました。
―脳回路マーカーの研究で、ほかに取り組まれているテーマを教えてください。
一つは、うつ病の層別化です。すでに、脳の機能的結合のパターンによってうつ病を層別化するとサブタイプごとに薬物反応性が異なることが確認されています7。今後データが蓄積されれば、治療前にfMRIを撮影することで「この患者さんにはSSRIが効きやすい」「SNRIが適している」「抗うつ薬では効果が見込めない」といった予測ができるようになり、治療の最適化につながると期待されます。
もう一つが、双極症とうつ病の鑑別です。双極症はうつ病とは治療薬が異なりますが、うつ病相で始まるケースが多いため、躁状態・軽躁状態が出るまでは双極症と診断できず、正しく診断されるまでに数年かかることもあるとされています8。こうした状況の改善を目指して、双極症のうつ状態とうつ病をfMRIで判別できるマーカーの開発を進めています。
「今後の新たな治療選択肢として『脳回路を標的とした治療』が重要になると考えます」
fMRI研究が拓く「個別化医療」への道と未来予想図
―うつ病の客観的な指標の開発は個別化医療につながる取り組みと言えます。今後の展望をお聞かせください。
研究がさらに進み、脳回路マーカーが普及すれば、診断と治療の効率化・最適化は大きく進展すると思います。一方、うつ病は非常に多様で、患者の約3割は現行の治療によって十分な効果を示さないともいわれています9。今後は、新たな治療選択肢として「脳回路の異常を直接標的とした治療」が重要になるでしょう。その一例として、ニューロフィードバックという手法が注目されています。これは、fMRIなどを用いて患者さんの脳活動や機能的結合をリアルタイムで解析し、その状態を視覚や聴覚を通じてフィードバックすることで、患者さんが試行錯誤しながら脳活動を調整していくというものです。望ましい脳活動の変化が生じたときには、報酬的なフィードバックによってその回路が強化されるという考え方がベースになっています10。現在、臨床応用に向けて研究が進められているところです。
―最後に、臨床医の先生方へのメッセージをお願いします。
うつ病に限らず、精神疾患の治療方針を決定していくうえでは、患者さん一人ひとりの発症の経緯や症状の背景、心理・社会的要因を含めて総合的に定式化(Case Formulation)するプロセスが重要です。
脳機能の状態を把握することは、そうした定式化においても生物学的な側面からの理解を補う有用な情報になりうると考えています。fMRIによる脳機能の測定は、目の前の患者さんの脳機能の状態を客観的に捉えられる可能性がある、現時点で最も有望な方法の一つです。
今後、何年かのうちに、患者さんの脳の不調を客観的に示すような補助診断法などを臨床にお届けできる見通しです。脳は非常に複雑で、いまだ未解明な部分も多いですが、研究が進むにつれ、個々のうつ病患者さんの脳ネットワーク異常をより正確に特定し、治療法の選択や個別化の参考にできるようになると考えています。諦めずに研究を続け、臨床現場で真に役立つ検査法を確立することを目指しています。
脳回路マーカーの実用化は、患者さん一人ひとりに向けた、より的確で個別化された治療の実現への大きな一歩になると信じています。MRIは大掛かりでコストもかかるというイメージをお持ちの先生方も多いかもしれませんが、通常の脳MRI検査に10分程度の撮像を追加するだけで、脳機能の評価が可能です。今後、脳回路マーカーが臨床の現場でも生かされ、患者さん一人ひとりに最適な治療を届けるための手がかりとなっていけば嬉しく思います。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年9月12日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)
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