第10回「うつ病診療におけるデジタルツールの可能性を考える」

テーマ

第10回 Progress in Mind Japan RC Webinar

「うつ病診療におけるデジタルツールの可能性を考える」

開催日時 2024年11月13日(水)18:30~19:30
座長 内田裕之先生
(慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授)
演者 熊﨑博一先生
(長崎大学医学部 精神神経科学教室 主任教授)

告知概要リーフレットはこちら

 

プログラム

第1部 講演

「うつ病診療におけるデジタル精神医学の未来」 熊﨑博一先生

第2部 ディスカッションとQ&A

 

 

第1部 講演

 

熊﨑博一先生

「うつ病診療におけるデジタル精神医学の未来」 熊﨑博一先生

 

  • デジタル精神医学とその応用が期待されるアプリケーション“MoodMission”

デジタル精神医学とは、“精神医学の分野において、デジタル技術やツールを活用して診断、治療、患者ケアの質を向上させる取り組み”と定義されている。

精神科診療にデジタル精神医学を導入した際に期待される利点には、①患者/医療者双方にとってのアクセシビリティの向上、②コストの削減、③匿名性の高さによるプライバシーの保護、④ウェアラブルセンサーなどを用いた健康データの収集と医療あるいはゲノムデータの統合による個別化(データ駆動型)治療の実現などが挙げられる。

このため、デジタル精神医学は、患者プライバシーの保護と治療の個別化という精神科医療最大の課題の克服に寄与する可能性がある。

デジタル精神医学への応用が期待され、信頼されているアプリケーションの1つとして例えば“MoodMission”がある。MoodMissionではストレスや不安を感じるユーザーに対し採るべき具体的な行動を提案し、ユーザーが提案された行動の実践効果を視覚的に確認することができる。さらに、MoodMissionではこのプロセスを学習し、より適切な行動の提案をする機能を有する。MoodMissionは一定のエビデンスこそあるものの、米国精神神経学会が行ったデジタル精神医学に使用される可能性のあるアプリケーションについての評価において、最終評価基準である相互運用性はクリアできていない。相互運用性をクリアしたアプリはごく少数である1

 

  • デジタルフェノタイプ(Digital Phenotyping: DP)とは

DPは“精神障害に特有の特性をコンピュータ化された測定ツールによってリアルタイムに捕捉すること”であり、デジタル精神医学のキーワードの1つである2。D主なDPの構成要素は、①運動面(動作の遅れや落ち着きのなさ)、②スピーチの特性(速度、プロソディ、声の調子)、③睡眠障害、④センサーで検出可能な生体データ(心拍数、温度など)である。

深澤3は、精神疾患の重症化を未然に防ぐには不調の兆候を早期に発見することが重要とし、スマートフォンで収集したデータに基づく心理健康状態の推定研究について横断的レビューを行っている。その結果、外出活動、運動、対人交流、スマートフォン利用、睡眠といったDPの構成要素の量と天気の6種類に分類し、質問票、生体データ、医師の診断に基づく正例(機械学習用語で正に分類される事例)などの情報から予測モデルを用いて解析を行うことにより、抑うつ、ストレス、不安といった現在の心理的健康状態のみならず予後の推定が可能となるとしている。

Faurholt-Jepsenら4は単極性うつ病と双極症のスマートフォンデータ(着信数など)の差異から、単極性うつ病と双極症の鑑別に有望であり、臨床医による包括的な臨床評価を補完するものであることを報告している。さらに単極性うつ病と診断し抗うつ薬を投与した患者の躁転を回避する上でのデジタル精神医学の有用性を示唆している。

 

  • 大規模言語モデル(Large Language Models、LLM)への期待と課題

LLMとは、膨大なテキストデータと高度なディープラーニング技術を用いて構築された、自然言語処理(NLP、Natural Language Processing)と呼ばれる分野における革新的な技術である。4つのLLMを用いたうつ病患者の予後評価を比較した研究5では、3つのLLMで精神科領域の専門家と一致する見解が示されたことで、診断精度の向上や個別化治療実現への寄与が期待される。一方で、実臨床における応用には誤解の可能性、倫理的な懸念に関連する課題をもたらすなど、改善すべき課題が残されており、安全な導入を確保するためには実用的なフレームワークの開発が必要となる6

 

  • うつ病診療におけるロボットの活用

これまで、うつ病診療に活用するロボットの開発目標を“対話継続機能の獲得”に置いて研究を進めてきた。マルチモーダルなアンドロイドと人間の瞬きの同期についての研究7では、人間の瞬きがアンドロイドの瞬きと同期することが明らかとなった。また、健常な大学生を対象にした調査では、ポジティブな話題は人間に、性生活や孤独感などのネガティブな話題はアンドロイドや遠隔操作型ロボットに開示する意向の強いことが示されている。さらに、うつ病患者を対象にした精神科医と遠隔操作型ヒューマノイドロボットインタビューによる重症度評価に関する研究8では、両者の間に差がないこと、羞恥心や内なる感情に関わる質問に答える際の躊躇はロボットを相手にすることで軽減されることなどを報告した。

長崎県の二次離島(本土から一度飛行機や船に乗っても辿り着けない離島)に設置したロボットを長崎大学から遠隔操作し、患者さんと現地の医師(非精神科専門医)の間で三角会話を行った。Zoom等で代替可能とも考えられるが、PC画面を介した会話では患者さん、島の医師のどちらを向いているかが判断できず、また患者さん、島の医師の双方がPCの方に過剰な注意を払ってしまい、遠隔診療が機能しない。さらに患者さんの信頼感を得るためには、言葉だけでなく非言語性のコミュニケーションが重要であり、遠隔操作ロボットが豊富なノンバーバルコミュニケーションが可能なこともあり、遠隔操作ロボットを同席させる意義は大きいと感じた。

 

 

第2部 ディスカッションとQ&A

 

ディスカッション

 

内田先生:ディスカッションとQ&Aの前に、先生がデジタル精神医学の分野に進んだ理由をお聴かせください。

熊﨑先生:もともと児童精神科医になることが目標でした。児童精神科病棟での勤務は有意義でしたが、同時に今の精神科診療は診療時間がかかりすぎる、治療効果も限定的であるなど限界を感じました。また客観性にも課題を感じました。研究に関心を持つようになり、テーマには客観性と効率性を掲げ、ロボット開発からデジタル技術へと活動範囲を拡大した経緯があります。

 

Q1:デジタル精神医学はうつ病診療にどのような変化をもたらすでしょうか、また、デジタル精神医学における患者/医師間関係はどのようにあるべきでしょうか

熊﨑先生:デジタル精神医学は、例えば遠隔診療技術を用いることで最適なタイミング、患者が最も苦しんでいる状況での治療介入が実現しやすくなると考えています。患者/医師間の信頼関係なくしてデジタル精神医療の進展はないと思います。その意味でデジタル精神医療の発展には、患者/医師間の信頼関係は従来と同様あるいはそれ以上に重要と考えています。また患者/医師間の信頼関係同様、従来の精神科診療のよい点を残していく、例えば患者の主観的症状にまず向き合うことがデジタル精神医療の未来をつくると考えます。

内田先生:精神科医療の究極に患者の体験が位置しており、その主観を置き去りにすればデジタル精神医学を導入した診療も歪になるという今の熊﨑先生のご回答を興味深く拝聴しました。

 

Q2:今後のDPの展望についてお聞かせください

熊﨑先生:現状のDPによる予測には限界があり、治療に結びついていません。画像検査により脳機能を捉えて現状のDPに組み入れること、内田先生が進められている病態解明に基づく本質的な治療法に繋ぐことがDPの将来像だとイメージしています。

 

Q3:精神科医療の分野における人間とAIの役割分掌についてはどのような意見をお持ちでしょうか

熊﨑先生:最終的に人間に残る役割は管理と責任であり、それ以外はAIが担う未来があると予想しています。また、管理責任者としての人間は、治療決定までのプロセスのすべてを理解する必要があると考えます。

 

Q4:アイコンタクトのような非言語的コミュニケーションと言語的コミュニケーションを統合して分析できればASDを診断する際の強力なツールとなりますか

熊﨑先生:両者を統合することは診断能を向上させると思います。個人的な見解としては、非言語的コミュニケーションはテキストデータよりも遙かに感情や予後の評価として有用性が高い感じております。

 

ディスカッション

 

Q5:デジタル精神医療の発展により、うつ病診療にどのように変わっていくとお考えでしょうか

熊﨑先生:患者の主観症状についての問診が中心になる現状とは異なり、上述したデジタル技術を駆使して得られた客観的なデータをより重視しながら診療するようになると想定しています。生化学検査値などの客観的なデータを見ながら自覚症状を問い、治療方針を決定して行く身体診療科のスタイルがうつ病診療でも当たり前になるというイメージです。

 

Q6:医師のタスクシフト/シェアへのデジタル精神医学の影響をどのように捉えていらっしゃいますか

熊﨑先生:デジタル精神医療を臨床の場に導入するにあたっては、手始めに、外来診療後の書類作成業務をロボットに任すのがよいのではと考えています。書類仕事に費やす時間を少しでも患者さんを診ることに充てられる方が望ましいですし、医師のタスクシフト/シェアを進めるという意味でもデジタル精神医療の導入は有用だと捉えています。

内田先生:慶應義塾大学病院では、AI技術を活用した“AIホスピタル”と称する取り組みを行っており、従来では医師のみが行なっていた書類作成などにAIを活用する試みが行われています。この試みを始める前は精神科では難しいと個人的には考えていましたが、実践してみると、意外によいものが作成されました。言うまでもなくAIのアウトプットについては批判的かつ厳格に評価する必要がありますが、医師のタスクシフト/シェアを進める上で意味はあると考えています。

 

参考文献

  1. Nikki S Rickard NS, et al. Front Digit Health 2022; 4: 1003181
  2. Torous J, et al. Transl Psychiatry 2017; 7(3): e1053
  3. 深澤佑介. 日本神経回路学会誌 2022; 29(2): 78-94
  4. Huckvale K, at. NPJ Digit Med 2019; 2: 88
  5. Faurholt-Jepsen M, et al. Eur Neuropsychopharmacol 2024; 81: 12-19
  6. Elyoseph Z, et al. Fam Med Community Health 2024; 12(Suppl 1): e002583
  7. Obradovich N, et al. NPP – Digital Psychiatry and Neuroscience
  8. Tatsukawa K, et al. Sci Rep 2016; 6: 39718