心拍が早まると不安が高まる―生理機能は感情に影響するとマウス研究で示唆

提供元:AJ Advisers LLCヘルスデージャパン

不安を感じると心拍は早くなるものだが、それとは逆に、心拍が早くなると不安が高じるという関係性も存在することが、マウス研究の結果から明らかになった。米スタンフォード大学のBrian Hsuehらによる報告で、「Nature」2023年3月9日号に掲載された1

精神状態は身体の生理機能に影響する。不安になると心拍が早まるのはその一例である。一方、その逆、つまり身体の生理機能が精神状態に影響するという関係性も、理論上は一世紀以上前から指摘されてきた2。不安障害やパニック障害などの精神疾患の患者は、身体の生理機能を脳で知覚する内受容プロセスの不調の影響を受けているとの仮説があり3,4、また、特定の臓器機能の不全が統計学的に多いことも知られている。例えばパニック障害の患者は発作性上室性頻拍に似た症状が多い5,6。しかし、その因果関係の実験的検証は難しい。心拍に対する介入では、迷走神経刺激などは非特異的であって精神状態への影響を除外できない7-9。一方、ペースメーカー10-13や従来の光遺伝学的手法13-18は心筋細胞特異的に介入できるが、侵襲性が高く自由行動下での実験は不可能である。

そこでHsuehらは今回、心拍が早まると不安や恐怖が生じるのかを実験するため、マウスを対象とした非侵襲の光遺伝学的ペースメーカーを開発した。従来のロドプシンは臓器全体を制御するには非力だったが13-18、今回は強化されたポンプ様チャネル型ロドプシン(ChRmine)を心筋組織への親和性を有するAAV9(アデノ随伴ウイルスベクター)に組み込み、マウスに眼窩後方注射することにより、心筋細胞においてChRmineが特異的に発現することを確認した。さらにマイクロLEDハーネスを用いて自由行動下のマウスにおいて心拍数を最大900拍/分まで増大させることを可能とした。

この手法で頻脈を間欠的に誘発すると、マウスは頻脈そのものを嫌がる様子はなく*a、一方で不安に関連する行動(高架式十字迷路、オープンフィールド試験など)は有意に増加した*b 。また、危険の予感される状況下で頻脈を誘発すると、危険を回避しようとする行動が有意に増加し、危険に対する不安がより高まったと考えられた*c。このように、状況に基づいた不安に対して心拍数の制御が影響したことから、身体の生理学的状態を内受容するプロセスには高次脳機能が関与している可能性が示唆された。

こうしたプロセスに関連する機序を検討するため、マウスの心拍数を制御したときに活性化される脳領域を調べた。全脳マッピングおよび神経細胞の活動性の動態分析の結果、脳の後部島皮質が内受容プロセスを媒介している可能性があることが分かった。マウスのこの脳領域を光遺伝学的に抑制すると、頻脈を誘発したときの危険回避行動の増加度が抑制され*d、さらに不安に関連する行動も減少した*e

Hsuehらは、「今回開発した手法によって誘発された頻脈は、本質的には嫌悪される感覚をもたらすものではなく、危険の予測される環境において不安関連行動を惹起した」と説明。「今回の結果から、脳細胞と身体細胞の相互作用を抜きにして感情や情動の根源を考えることはできないことが示された。さらに、自由行動下で特定細胞の生体内相互作用を非侵襲かつ時系列に沿って機能的に調べる手法を定義し、一般化できる可能性も示された」と述べている。(編集協力HealthDay)

 

注釈
*a

参考文献1 図2-d参照。
処置群対対照群、各n=16、two-way repeated-measures ANOVA with Bonferroni post hoc test:群(opsin)×時間の相互作用 F(1,30)=2.29、P=0.14、群(opsin)効果 F(1,30)=6.2×10−4、P=0.98、時間効果 F(1,30)=2.06、P=0.16。
Bonferroni post hoc:処置群対対照群、ベースライン日P=0.71、刺激日P=0.67。

 

*b

参考文献1 図2-g参照。
高架式十字迷路、処置群対対照群、各n=16、two-way repeated-measures ANOVA with Bonferroni post hoc test:群(opsin)×時間の相互作用 F(2,60)=3.906、P=0.0254;群(opsin)効果 F(1,30)=3.297、P=0.0794;時間効果 F(2,60)=9.75、P=0.0002。
Bonferroni post hoc:ON epoch処置群対対照群、P=0.0079。

参考文献1 図2-i参照。
オープンフィールド試験、処置群対対照群、n=9対n=5、two-way repeated-measures ANOVA with Bonferroni post hoc test:群(opsin)×時間の相互作用 F(2,24)=1.531、P=0.024;群(opsin)効果 F(1,12)=5.69、P=0.0035;時間効果 F(2,24)=3.42、P=0.049。
Bonferroni post hoc:ON epoch 処置群対対照群P=0.018。

 

*c

参考文献1 図2-m参照。
レバー押下時のショック発生率を0%または10%としたときの押下率、処置群対対照群、各n=8、two-way repeated-measures ANOVA with Bonferroni post hoc test:群(opsin)×状況(shock)の相互作用 F(1,14)=8.326、P=0.0120;群(opsin)効果 F(1,14)=7.39、P=0.0166;状況(shock)効果 F(1,14)=3.162、P=0.0971。
Bonferroni post hoc:対照群0%対10%、P=0.8933;処置群0%対10%、P=0.0106;0%対照群対処置群P>0.9999;10%対照群対処置群P=0.0010。

 

*d

参考文献1 図4-e参照。
レバー押下累積回数、抑制群対対照群、各n=6、two-sided Wilcoxon rank-sum test、P=0.0152。

参考文献1 図4-f参照。
レバー押下時のショック発生率を0%または10%としたときの平均レバー押下率、各n=6、two-way ANOVA with Bonferroni post hoc test:群×状況の相互作用 F(1,10)=5.533、P=0.0405;群(opsin)効果 F(1,10)=7.439、P=0.0213;状況(shock)効果 F(1,10)=67.8、P<0.0001。
Bonferroni post hoc:0%対照群対抑制群、P>0.9999;10%対照群対抑制群、P=0.0036;対照群0%対10%、P<0.0001;抑制群0%対10%、P=0.0039。

 

*e

参考文献1 図4-h参照。
高架式十字迷路、抑制群対対照群、各n=6、two-way repeated-measures ANOVA with Bonferroni post hoc test:群(opsin)×時間の相互作用 F(2,20)=3.543、P=0.0482;群(opsin)効果 F(1,10)=1.251、P=0.2894;時間効果 F(2,20)=3.058、P=0.0694。
Bonferroni post hoc」ON epoch 対照群対抑制群、P=0.0323。

 

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参考文献

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