抗うつ薬服用患者における主観的な感情面の症状の評価 インタビューシリーズ~精神科領域における評価尺度を読み解く vol.4
渡邊 衡一郎 先生
(杏林大学医学部精神神経科学教室 教授)
近年、うつ病治療の課題として、治療中の患者においてemotional bluntingといわれる主観的な感情面の副作用が指摘されています。このような問題はこれまで一部で報告されてきたものの、2010年代に入り徐々に注目を集め、さらに評価スケールとしてOxford Depression Questionnaire (ODQ)が開発されたことで顕在化しつつあります1-3。そこで今回、その課題の背景やうつ病治療の実臨床におけるODQの活用方法まで、渡邊衡一郎先生にご解説いただきました。
―Emotional bluntingとはどのような現象でしょうか。また近年、注目されるようになった経緯を教えてください。
抗うつ薬治療中のうつ病患者さんに診察時に話を聞くと、抑うつ気分は改善したと感じるものの「いまひとつ元気が出ない、感情が湧いてこない」といった訴えをしばしば聞きます。このようなうつ病の治療中に感情的な起伏が制限されたように感じられる主観的な症状に対し、近年、emotional bluntingという用語が使われています。ただ、実臨床では、うつ病患者さんが自ら積極的に訴えることが少ないと感じています。従来、治療者は診察時、うつ病症状評価として悲観的思考、意欲、さらには社会機能などの観点については積極的に尋ねる一方で、患者さんの主観的な感情面の問題について、十分に聞き出そうとしてこなかったのではないかと考えています。実際、2008年に私が報告した抗うつ薬服用者1,187例に対するWeb調査では、抗うつ薬の副作用を経験した73.4%(871例)において「最もつらかった副作用」として挙げられたのは主に「眠気」「だるさ」などでした4。
しかしその後、2009年にPriceらが、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)服用者を対象にインタビュー調査を行い、服用者にさまざまな感情面の症状が現れたことを報告しました5。具体的に聴取された訴えとしては、「感情が鈍っている/麻痺している/押しつぶされる/ブロックされる」「空虚・平板に感じる」、また「ゾンビ/ロボットのよう」「まるで観客でいるかのように現実感が無い」「自分自身の感情から切り離されている」などでした。さらに服用者は、これらの症状がすべて、もしくは部分的に薬剤服用に起因するという自覚を持っていました。
2014年にはReadらが、ニュージーランド人の抗うつ薬服用者1,829例に対し、自覚した経験のある有害事象を複数回答可で回答させた大規模Web調査の結果を報告しました6。これによると、高頻度にみられた有害事象として、性機能障害に関連する「性的困難」62.3%、「オーガズムに達することができない」59.5%のほか、感情面の主観的な症状として「感情的に無感覚になる」60.4%、「自分らしくないと感じる」52.4%、「ポジティブな感情の減少」41.7%などが挙げられました。
このように、抗うつ薬服用に伴う症状に関して従来とは異なる知見が相次いで報告され、2010年代以降は抗うつ薬の主な副作用として、性機能障害や、感情面の主観的な症状が注目されるようになっていきます。本邦では2010年代中盤、当時の杏林大学保健学部の教授であった田島治先生が、SSRI服用に伴う感情面の副作用としてapathy症候群が出現しうることを啓発していました7。このapathy症候群の症状を田島先生は自我違和的な感情鈍麻と説明しており、これはemotional bluntingと同じ現象を指していると考えられます。
―Emotional bluntingは、抗うつ薬治療のアドヒアランスにも影響を与えうる現象なのでしょうか。
Emotional bluntingが抗うつ薬服用に伴う現象なのか、それともうつ病自体の残遺症状なのかは未解明の問題です。Priceらの研究グループが抗うつ薬服用中のうつ病患者を対象に、前出の自己記入式スケールOQuESAの妥当性を検討した2017年の報告2では、OQuESAが高スコア、すなわちemotional bluntingが重度であるほど、うつ病の残遺症状を測定した評価スケールも高スコアを示す有意な相関関係が認められました。この結果からは、emotional bluntingは抗うつ薬の副作用だけでなく、うつ病の残遺症状も反映している可能性があることが示唆されます。
一方、Sandellらが報告したSSRIもしくはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の服用者のインタビュー調査8によると、服用者は落ち込みや不安が取り除かれる薬の効果は実感するものの、感情が麻痺したような状態になることを訴えています。その結果、「感情的な自分に戻りたい」「まだ自分自身でいたい」「ドラマチックな私を取り戻したい」といった理由から服薬を中止したくなってしまい、実際に中止すると「気持ちが戻ってきた」「いろいろなことを感じられるようになった」「長い間感じていなかった怒りと喜びと悲しみが一度にやってくる感じだった」といったように感情面の変化を経験すると述べています。また、うつ病患者447例を対象に服薬中止の理由をアンケートしたカナダの研究グループによるWeb調査で、約35%の患者が「感情の鈍化」を理由に挙げており9、抗うつ薬の服薬アドヒアランスの観点からも、emotional bluntingは適切な対処が必要な重要な現象と考えられます。
―うつ病治療の臨床では、こうした患者さんの主観的な感情面の問題に対しどのようなアプローチを取ることが重要と考えられますか。
抗うつ薬の治療では、どのような効果を期待するか、そしてどのような副作用が忍容できないかが患者さんによってしばしば異なります。そのため、薬剤選択の際に、患者さんの意向を十分に反映させることが治療成功の鍵を握ると考えています。Emotional bluntingは、感情面の主観的な現象である可能性を考慮すると、われわれ治療者が関心を寄せ、積極的に聴取するよう心掛けることが非常に重要だと思います。
冒頭でも触れたように、患者さん本人は、感情面の問題をなかなか言語表現しにくいと考えられます。例えば「体重増加はありますか」「性機能障害はありますか」といった従来の副作用チェックの質問をする延長で、「人によっては服薬によって今までになく頭がボーっとしたり、これまで楽しめていたことが楽しめなくなったりする場合があるのですが、そういったことはないですか」といった聞き方をしてみるとよいと思います。そうすると、自覚がある患者さんであれば「やっぱりそうなんですか」と安心して、自分から症状について話しやすくなると思います。臨床の実感としては、うつ病発症前に喜怒哀楽が豊かだったり、生き生きと人生を楽しんでいたり、人と会うのを楽しんでいたりした人ほど、服薬開始後、以前と同じようには楽しめなくなったり、気持ちが平坦になってしまったりすることをより耐えがたく苦痛に感じている印象があります。したがって、こうした傾向の患者さんほど感情面での問題が起きていないか、より注視し、適切にケアしていく必要があると思います。
私は、うつ病治療が目指すべき治療ゴールについて、従来の症候学的寛解に加え、就労・就学などの社会機能、対人関係、QOL、患者さん本人の意向や満足度なども包含した「真のrecovery」の概念を提唱しています10。その要素の一つに、患者さんが納得して自分の治療を選択し、その治療に満足していることが挙げられると考えています。したがって抗うつ薬治療であれば、期待する効果、忍容可能な副作用について、患者さんの意向を治療者が尊重し実施することがまず不可欠です。患者さん本人が治療に納得して抗うつ薬を選択し、早期のrecoveryを目指して服薬継続する治療意欲を持つことが重要になります。この観点から、患者さんの主観的な症状の持つ意味はやはり大きいと言えます。治療者が積極的に関心を寄せ、治療方針も含めて患者さんとの話し合いの中でどう対処するかを決めていくことが望まれます。
―Oxford Depression Questionnaire (ODQ)の開発の背景について教えてください。
Priceらの研究グループは、前述のインタビュー調査結果5から、抗うつ薬服用に伴う感情面の副作用を「全般的な情動の変化」「ポジティブ感情の変化」「ネガティブ感情の変化」「感情の乖離」「気にしなくなる」「パーソナリティの変化」の6カテゴリーに集約しました。このフレームワークを基に同グループは、抗うつ薬服用による感情面の副作用を評価する目的で、自己記入式スケールOQuESA(Oxford Questionnaire on the Emotional Side-Effects of Antidepressants)を開発し、2012年に発表しました1。その後、同グループはOQuESAの妥当性を検討し、抗うつ薬服用中のうつ病患者669例において、OQuESA により検出したemotional bluntingの出現率が46%であったことを報告しました2。加えて、前述のとおりこの症状には抗うつ薬の副作用とうつ病の残遺症状の両側面があると考えられることを示しました2。これらを受けてOQuESAは、現在はOxford Depression Questionnaire (ODQ)と呼ばれており、うつ病患者さんの主観的な症状を評価するための自己記入式スケールと位置づけられています3。
―ODQの評価項目と評価方法について教えてください。
ODQは計26項目からなり、まず「全般的な感情の低下(GR:general reduction in emotions)」「ボジティブ感情の低下(PR:reduction in positive emotions)」「他人からの感情的な孤立(ED:emotional detachment)」「無関心(NC:not caring)」の4領域の感情的経験について、具体的にどのようなことがあるか、またうつ病発症前と現在を比較してどう変化しているかを20項目の質問にしています。
加えて、「抗うつ薬との因果関係(AC:antidepressant as cause)」についてどう考えているかを患者さんが任意で回答する6項目の質問を設けています。これにより、患者さんがemotional bluntingを抗うつ薬の服用によると捉えているかを検証するための情報を得られるようにしている点が、本スケールの重要な特徴だと思います。
26項目の各質問への回答は「そう思わない」1点、「あまりそう思わない」2点、「どちらでもない」3点、「少しそう思う」4点、「そう思う」5点の5段階で評価し、合計スコアが高いほど著明にemotional bluntingを呈していることを示します。
―ODQをうつ病治療の実臨床で活用するためのポイントについて教えてください。
ODQは所要時間10分程度であり、非常に平易な文章で作成されているので使いやすいと思います。本スケールでemotional bluntingの症状が抗うつ薬の服用により出現しているのか、うつ病の残遺症状なのかを鑑別することは残念ながら困難です。主観的なスケールである以上、患者さんが抗うつ薬の服用による症状ととらえる方向へのバイアスは当然生じると考えられます。しかしながら、患者さんの主観を抽出し、診察の場で話し合うことは非常に有意義だと考えます。もし抗うつ薬の服用による症状とは考えにくい症状を患者さんがそのようにとらえているとしたら、話題にすることは何よりも大切だと思います。
ODQを使用するタイミングとしては、抗うつ薬を服用開始後、ある程度抑うつ症状の改善がみられた段階が適していると思います。
評価の結果は患者さんと共有し、抗うつ薬の減量あるいは切り替えを含めた治療方針について、患者さんの意向を反映させながら話し合うことが望ましいです。ODQで拾い上げられた症状に対し、忍容できず切り替えを希望する患者さんもいるかもしれませんし、抑うつ気分の改善が得られていることから減量での対応を希望する患者さんもいるかもしれません。ODQを活用し、患者さんが言語表現しにくい症状をうまく拾い上げてそれらの症状に関心を寄せることができれば、1人1人の患者さんのニーズをより尊重した対応を取ることが可能となると思います。それが治療の高い満足度や、ひいては真のrecoveryにつながると考えています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2021年8月21日
取材場所:杏林大学医学部精神神経科学教室 教授室