Long COVIDに対する精神科医療の現状~災害精神医学の観点から経験を今後に活かす~ 精神医学クローズアップ Vol.3

高橋 晶 先生(筑波大学医学医療系 臨床医学域 災害・地域精神医学 准教授)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界で初めて確認されてから2年以上経過した現在、Long COVIDともいわれる「COVID-19罹患後、感染性は消失したにもかかわらず、他に明らかな原因がなく、急性期から持続する症状や、あるいは経過の途中から新たに、または再び生じて持続する症状全般」1、いわゆる後遺症(以降Long COVIDと略す)に苦しんでいる患者がみられます。災害精神医学において多くの研究成果を積んでこられた高橋晶先生より、Long COVIDにおける精神・神経症状の現状について、また、災害精神医学を取り巻く課題と今後についてお話を伺いました。

*Long COVIDについては、様々な表現が世界中でされている。WHOでは、このような症状を“post COVID-19 condition”と称しており、厚生労働省で作成した『新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き』の別冊『罹患後症状のマネジメント』ではCOVID-19 罹患後症状(いわゆる“後遺症”あるいは“遷延症状”)と呼称することにしている。今回はLong COVIDという名称でまとめた。

―昨今では自治体によりLong COVIDの対応医療機関に関する案内が整備されてきた印象ですが、診療の現場では、Long COVIDにおいてどのような問題が隠れているとお考えでしょうか。

これまでの感染症では、原則として感染自体が治癒したら治療は終わると考えられてきましたが、COVID-19では、精神・神経症状として〈抑うつ〉や〈不安〉、〈認知機能の低下〉など日常生活に影響を及ぼすLong COVIDが感染の治癒後にも発現・継続する1ことが問題視されています。しかしながら、Long COVIDによる精神・神経症状に悩まれている患者さんにとって、精神科へ辿り着くまでのハードルの高さが課題として挙げられます。Long COVIDの対応医療機関への案内は各地域の自治体が担当していますが、地域によってばらつきが見られ、整備しきれていない自治体もある印象です。患者さんにとって「どこに受診したらよいか分からない」という状況が発生してしまううえ、Long COVIDに対する明確な診断基準や治療方法が確立されておらず「受診しても様子見で終わってしまう」ということがあるのも実状です。

こうした状況の改善を目的として、Long COVIDの診療指針が示された『新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き』の別冊として、2021年12月に厚生労働省より医療従事者に向けたLong COVIDのマネジメントの手引き1が発行されました。他科へのコンサルテーションや精神保健福祉センターへの連絡を含めた一定の指針・フローが手引きにより提示されたことで、以前と比較して精神科医師が患者介入できるハードルは下がってきた印象ですが、現在でも完全には解消されていないと思っています。そのため、精神・神経症状があっても精神科を受診できない「隠れた患者」を拾い上げる仕組みとして、医療と行政間における連携強化や自治体による対応医療機関周知の徹底に加えて、職場における産業医からのアプローチの強化なども必要だと考えています。

―精神・神経症状がどの程度進行した段階で精神科を受診するケースが多いのでしょうか。

上述した手引き1には、Long COVIDにおける精神・神経症状として抑うつや不安、認知機能の低下、PTSDなどが挙げられています。抑うつや不安、認知機能の低下などの症状では、患者さんが自身の異変に気付くまでCOVID-19から回復後数週間から数ヵ月程度かかることが多い印象です。その後、まずは内科や脳神経領域の診療科などを受診し、検査で異常が認められなかった段階で精神科を受診することが多いと思います。一方PTSDでは、患者自身が援助希求できずに我慢してしまいやすいという疾患の特徴もあり、周囲の人間が異変に気付き精神科への受診を促すケースが多い印象です。いずれにしても、症状が進んだ段階で受診することが多いように感じます。

高齢者については、65歳以上のCOVID-19罹患者を対象とした研究において32%にLong COVIDが認められていますが2、実際には患者さん本人も周囲の人も症状になかなか気付かずに受診に至らないまたは受診が遅れるケースが多いのでは、と思っています。また、高齢により精神・神経症状を発症することもあることから、診療の際にはCOVID-19の影響か高齢によるものなのか念頭に置きながら鑑別を行うことも大事だと考えています。

―Long COVIDにおける精神・神経症状の発症メカニズムについてどのように考えていますか。

Long COVIDの精神・神経症状をもたらすメカニズムとして、脳の炎症が考えられます。COVID-19では、ウイルスによるアンジオテンシン変換酵素2(angiotensin converting enzyme 2:ACE2)を受容体とした一連の反応として、炎症性サイトカインが脳の炎症を惹起し、各種症状を引き起こすと考えられます3。さらに感染による低酸素状態が持続することで、少なからず脳への影響もあると思います。他方心理的な負担の影響として、感染したことによるスティグマや不安・恐怖の感情がストレスとなり、精神・神経症状を発症することもあると考えています。我慢しがちで休みをあまりとらない行動傾向のある方では、精神・神経症状を発症しやすい可能性はあるかと思います。診察の際は、これらの生理的・心理的な要因が複雑に絡み合って発症に至ることを念頭に置くことが重要だと思います。

COVID-19が脳へ影響を及ぼす根拠のひとつとして、COVID-19による脳全体の収縮や眼窩前頭皮質・海馬傍回・一次嗅覚皮質の画像所見への影響に加えて、認知機能が低下したことが報告されています4。また、精神・神経系関連のLong COVIDのひとつにBrain fogといわれる「言葉が思い出せない」、「思考力のパフォーマンスが落ちる」のような症状が挙げられていますが1、COVID-19流行以前から抗がん剤による脳へのダメージがBrain fogを引き起こすと考えられている5ことから、COVID-19による脳へのダメージがメカニズムとして関連しているのではないかと思われます。こうした器質的変化は長期に及ぶ懸念も考えられ、実際ICUでの治療を要したCOVID-19罹患者が回復後1年時においてもLong COVIDが認められたとの報告がありますので6、長期的な脳への影響に対する研究が今後も必要とされます。

―COVID-19罹患者の方に対応する医療従事者に向けた差別、誹謗中傷が社会問題となりましたが、パンデミックが人々のメンタルヘルスに及ぼす影響について教えてください。

治療でCOVID-19罹患者の方と接する機会が多い医療従事者への差別や誹謗中傷に関しては、生存本能による反応や恐怖心から「治療している人も感染しているに違いない」という思い込みが、パンデミックによるメンタルヘルスへの影響の結果として生まれてしまっているものと考えています。災害精神医学の知見から、パンデミックという災害から二次的な犠牲者を出さないように「恐怖から思い込みが生まれる」ということを啓発すべきだと考えます。恐怖が人々のメンタルヘルスに及ぼす影響として、最近では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻についての連日の悲惨なニュースを頻回に目にすることによって、気分が落ち込んでしまう方も少なくありません。

私はこれまでに、こうした恐怖によってメンタルヘルスの変調を来した患者さんには、まずニュースを見すぎないよう指導したうえで、心理的安定化を目的にマインドフルネスや呼吸法などの精神・心理面での安心感を患者さん自身でコントロール出来る方法を身につけてもらえるよう指導してきました。普段から心理的トレーニングを積み重ね継続することも、メンタルヘルス対策のひとつとして有用だと考えています。また、西洋薬だけでは対応が難しい例では、漢方薬の使用など補完的な対応も必要と考えています。

―災害の多い日本ではその経験からDPATが発足しました。COVID-19での経験を今後の災害精神医学へどのように活かすべきとお考えでしょうか。

1995年に発生した阪神・淡路大震災では、被災者への心理的ケアの必要性が認識され、以降災害発生時には精神科医や精神科領域のケアに携わる看護師などの対応が求められるようになりました。さらに2011年に発生した東日本大震災では、津波被害によるPTSDや、避難生活でのストレスが問題として浮き彫りになりました7。これらを受けて、災害発生時の心理的ケアに対する組織的支援や平時からの準備の重要性が認識され、災害発生時の精神科医療によるよりきめ細かな被災者支援を目的としたDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team)が発足しました。DPATは各都道府県で組織され、実際に、2016年の熊本地震や2021年の熱海市伊豆山土石流災害など多くの災害時、被災地に派遣されています。

DPAT発足の経緯や組織構造については、災害の多い日本ならではの経験として海外に災害精神対応の情報を発信していくことも精神科医の役割のひとつであると考え、私自身、海外の学会やJICA(国際協力機構)などでDPATの活動を報告しています。実際、日本のDPATと同様な組織として、韓国ではK-DPATが発足しています。一方、精神科医の少ない国では、DPATを参考にソーシャルワーカーなどを中心とした心理的ケアチームが検討されているところもあります。

自然災害対応の経験が多いDPATですが、現在はCOVID-19の経験から、感染症対応も含めたより強固な体制構築が求められてきています。災害精神医学で重要なことは、過去の教訓や知見を今後に活かせるよう「想定外のことを想定しておく」ということです。ウクライナ侵攻のような事態がいつ日本で起こるか分かりません。今後新たな感染症が出現することは必須でありますので、次のパンデミックを想定した組織作りや教育を平時から進めておくことが大切と考えます。

 

取材:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2022年4月8日
取材場所:オンライン形式

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参考文献

  1. 「一類感染症等の患者発生時に備えた臨床的対応に関する研究」厚生労働行政推進調査事業費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント(暫定版) 2021年12月1日発行
  2. Cohen K et al. BMJ 2022; 376: e068414.
  3. Crook H et al. BMJ 202; 374: n1648.
  4. Douaud G et al. Nature 2022; 604: 697-707.
  5. Kovalchuk A et al. Cell Cycle 2017; 16: 1345-1349.
  6. Heesakkers H et al. JAMA 2022; 327: 559-565.
  7. 本谷亮. 行動医学研究. 2013; 19(2): 68-74.