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Progress in Mind
動機付け(motivation)に基づく行動およびストレス対処反応には大きな個人差があります。遺伝的要因および若年期のストレス曝露は重要な構成要素です。最近、これらの個人差の調節に、特性不安(trait anxiety)が大きく関与しており、うつ病などの精神病理における脆弱因子となっていることが明らかにされました1。第34回欧州精神神経薬理学会議(ECNP2021、2021年10月2~5日、ポルトガル・リスボンおよびバーチャル開催)のプレナリー講演で、Carmen Sandi教授(スイス連邦工科大学ローザンヌ校Brain Mind Institute、ローザンヌ、スイス)が、これに関連する機序および有効な治療の開発に関する研究チームの成果を発表しました。
動機付けとは?
動機付け(motivation)は、望む結果を得るために必要な労力のかかる行動、といった犠牲を払うことを乗り越えることを可能にしてくれるものです。その結果とは、外因性や内因性の報酬かもしれないし、あるいは有害な刺激や処罰の回避かもしれません。これには、誘因(インセンティブ)、労力、忍耐力/疲労度など複数の要素が関係しています。
動機付けの欠如はうつ病など複数の精神疾患で広く認められる
動機付けを司る脳のハブとして、側坐核(NAc)および腹側線条体が関与しています2。これらの回路は不安感にも関連しています。動機付けの欠如はうつ病など複数の精神疾患で広く認められ、快感消失(アンヘドニア)、疲労感の増加、アネルギー(エネルギーの欠如)、動作/発語緩慢などとして表出します3。
特性不安の影響
人は誰しも特性不安の連続性の中のどこかに位置しています。不安が小さい人は感情的に安定しているのに対し、不安が大きい人は負の影響を被り、軽度のストレス要因にすら不安になり得ます。高度の特性不安は、ストレス誘発性うつ病発症の脆弱因子となります1。
高度の特性不安はストレス誘発性うつ病発症の脆弱因子である
不安およびストレス応答を研究する際には、行動表現型(behavioral phenotyping)が用いられます。げっ歯類では、軽度の興奮を伴う探索タスクにおける運動反応から、将来的なストレス応答の脆弱性を予測することができます4。これらのタスクは、ヒトに対しても、仮想現実(VR)へ没入させるような環境を用いて応用されています4。
高度の特性不安および動機付け行動
また、インセンティブ付けられた努力行動は、高度不安がもたらすストレスによって抑制されることが、プログレッシブ比タスクをげっ歯類に試行した実験データから示されています*a,5。ヒトでは、特性不安に関連する行動および神経応答の差異に関する以下のような研究が行われました。いくつかの異なる報酬を提示された実験参加者は、金銭的報酬を得るためにハンドグリップ反応を呈します*b,6が、高度不安群では、低報酬に対するハンドグリップ反応は小さく、異なる報酬に対する反応の握力に差がみられた一方で、軽度不安群では異なる報酬に対し同程度の握力反応を呈することが明らかになりました。「限られた資源」の原則から、高度不安群ではこうしたタスクに必要な神経活動の配分が強化されたことが示唆されます6。
インセンティブ付けられた努力行動は、高度不安がもたらすストレスによって抑制される
また、高度不安群では精神的および肉体的疲労が大きいことも示されました6。このような状況は通常、何らかの労力を払う際の費用対効果分析のプロセスに影響を及ぼし、パフォーマンスを悪化させます。ストレス下において、高度不安群では競争に打ち勝つ自信が低下したのに対し、軽度不安群では自信が増大することが示されました*c,7。
脳のエネルギー代謝と社会的行動
側坐核(NAc)のミトコンドリア機能は、げっ歯類モデルを用いた研究において、高度の不安に起因する社会競争力の低さに大きく関与していることが示されています8。Dr. Sandiは、高度の不安と慢性ストレスがNAcのタウリン濃度低下をもたらす可能性について、ヒトを対象として研究中です。タウリンは重要な抗酸化活性を有しており、タウリン欠乏はミトコンドリアの酸化ストレスを増大させます9。この知見は、社会行動において脳のエネルギー代謝が重要な役割を担うことを強調しています8。
脳のエネルギー代謝は社会行動に重要な役割を担っている
思春期前後のストレスの影響
Dr. Sandiは、マウスにおける思春期前後のストレスが、成体期の不安増大、社交性低下および肥満増加をもたらすことを示す研究について言及しました。側坐核(NAc)では、ミトコンドリア機能および神経機能の低下、ならびにアディポカインeNampt濃度および補酵素NAD+濃度の低下が認められました。脂肪細胞でのeNampt過剰発現によりNAcのNAD+濃度および社交障害が回復したことから、eNamptは、関係する脂肪-脳の連絡経路を調節することが示唆されます*d,10。うつ病に関していえば、この知見は、いずれも若年のストレス曝露により誘発される、脂肪沈着亢進と社交性低下のメカニズム上の関連性の解明につながる可能性があります。
今後の治療
脳のミトコンドリア機能は不安障害の治療標的として検討されている
Dr. Sandiは、側坐核(NAc)のミトコンドリア機能は社交不安障害の候補マーカーであると提唱しました。これにより、若年でのストレス曝露の長期影響を妨げる11といった将来的な治療の道筋が開かれます。ニコチンアミド8、タウリン(未発表研究)、中鎖中性脂肪12など、新たな治療法が検討されています。マウスでは、ニコチンアミドの全身投与により社交障害およびNAcのNAD+濃度が回復しました8。
注釈
*a
本研究では、ラットを高架式十字迷路(elevated plus maze, EPM)の成績によりオープンアーム(open arm)に滞在した時間(%OA)で分類した:低不安(OAでの時間が20%以上);中不安(5〜20%);高不安(5%未満)。
低不安ストレス群および高不安ストレス群のマウスvsそれぞれのコントロール群(two-way ANOVA):ブレイクポイントテスト - F1,36 = 15.46, P = 0.0004; 正しいノーズポークテスト - F1,36 = 12.35, P = 0.001; 報酬テスト - F1,36 = 12.42, P = 0.001。
*b
本研究では、State-Trait Anxiety Inventory (STAI-S, STAI-T) を使用し、参加者の状態不安と特性不安(state and trait anxiety)を評価した。STAI-Tスコアを用いて高特性不安群と低特性不安群に中央分離した(平均(SD)):高特性不安=48.75(6.07)、n=8;低不安=31.50(3.70)、n=8;F(1, 14)=47.14, p<0.001,η2=0.771。
高特性不安群 (n = 8) - F2,14 = 47.61、p < 0.001、η2 = 0.248。低特性不安群 (n = 8) - F2,14 = 1.92、p = 0.184、η2 = 0.215。
*c
低不安群(コントロール n = 60、ストレス n = 54 )と高不安群(コントロールn = 60、ストレスn = 55 )間のストレス効果の差:- F3,225 = 3.06、p = 0.03。コントロール条件での自信(低不安群 vs 高不安群):t(120) = 1.43、p = 0.15;ストレス条件での自信:t(109) = 2.52、p = 0.01。
*d
I. ミトコンドリア機能 - n = 11 Ctr and 11 Stress; LEAK: F (1, 13.879) = 7.855, p = 0.014; CI: F (1, 17.368) = 4.259, p = 0.054; CI&CII: F (1, 16.672) = 4.624, p = 0.047; ETS: F (1, 16.448) = 6.624, p = 0.02; CII: F (1, 17.330) = 3.719, p = 0.07
II. 神経機能の低下 - n = 11 Ctr and 11 to 12 Stress; Current injection x Stress: F (8, 189) = 2.125, P=0.0354; Current injection: F (8, 189) = 32.77, P<0.0001; Stress: F (1, 189) = 35.49, P<0.0001; Two-way ANOVA
III. 血漿中eNAMPT - n = 13 Control and 33 Stress; t = 2.140, df = 44, p = 0.0379 two-tailed; unpaired t test
IV. 補酵素NAD+濃度 - n = 17 Control and 24 Stress; Mann-Whitney U = 119; Mean ranks = 26 (Ctr), 17.46 (Stress), p = 0.0237 two-tailed
V. NAcのNAD+濃度 - n = 16 Ctr-Empty, 16 Ctr-NAMPT, 11 Stress-Empty, and 12 Stress-NAMPT; Virus x Stress: F (1, 51) = 4.544, P=0.0379; Virus: F (1, 51) = 2.003, P=0.1630; Stress: F (1, 51) = 6.662, P=0.0128; comparison: Ctr-Empty vs Ctrl-NAMPT = 0.5963; Ctr-Empty vs Stress-Empty = 0.0021; Stress-Empty vs Stress-NAMPT = 0.0457; Two-way ANOVA
VI. 社交障害 - n = 36 Ctr-Empty, 23 Ctr-NAMPT, 24 Stress-Empty, and 22 Stress-NAMPT; Virus x Stress: F (1, 101) = 7.284, P=0.0082; Virus: F (1, 101) = 6.214, P = 0.0143; Stress: F (1, 101) = 5.782, P = 0.0180; comparison: Ctr-Empty vs Ctrl-NAMPT = 0.8777; Ctr-Empty vs Stress-Empty = 0.0005; Stress-Empty vs Stress-NAMPT = 0.0012; Two-way ANOVA
Our correspondent’s highlights from the symposium are meant as a fair representation of the scientific content presented. The views and opinions expressed on this page do not necessarily reflect those of Lundbeck.