COVID-19罹患と精神疾患の発症は双方向に関連か

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の生存者では、精神疾患の発症リスクが上昇する一方で、精神疾患の診断歴はCOVID-19罹患の独立したリスク因子である可能性があるとする研究結果を、英オックスフォード大学精神医学部門のMaxime Taquetらが発表した。論文は、「The Lancet Psychiatry」2021年2月号に掲載された1

TriNetX Analytics Networkは、米国の54のヘルスケア団体から電子カルテデータを匿名化した上で収集している大規模総合ネットワークで、総計6980万人の人口学的データ、診断名(ICD-10コードによる)、医学的処置、処方薬、測定結果(臨床検査やBMIの数値など)に関する情報を保有している。Taquetらはこのネットワークを用い、COVID-19に罹患した後で精神疾患の診断を受けるリスクが高まるのか、また逆に、精神疾患の診断歴を有する人はCOVID-19に罹患するリスクが高まるのかについて検討した。 

TriNetXのデータの中で、2020年1月20日から8月1日までの間に、COVID-19と診断された10歳以上の患者の総計は6万2,354人であった。このうち、精神疾患の診断歴がない4万4,779人をCOVID-19コホートとした。また、この期間においてCOVID-19以外の疾患6種類(インフルエンザ、他の呼吸器感染症、皮膚感染症、胆石症、尿路結石症、大きな骨の骨折)により受診した患者を抽出し、対照コホートを6つ作った。次に、COVID-19の罹患に関するリスク因子28種類(糖尿病や高血圧など)、および重症化に関するリスク因子22種類(がんや脳卒中など)をマッチングの項目として採用し、最近傍マッチング法により、症例・対照コホートから、傾向スコアが最も近い1:1のペアを作り出した。これらのコホートを対象に、COVID-19の診断後14〜90日における精神疾患、認知症、不眠について、罹患率およびハザード比(HR;比例ハザードモデルによる)を算出した。 

続いて、前年(2019年1月21日〜2020年1月20日)に精神疾患の診断を受けた18歳以上の患者から成るコホート、および同期間において精神疾患の診断歴はないが、医療機関を受診した患者から成るコホートを作成した。この際にマッチングの項目として使用したのは28種類のCOVID-19罹患のリスク因子のみであったが、同様な方法で1:1のペアを作り出した(いずれも172万9,837人)。その上で、精神疾患の診断歴がある場合にCOVID-19に罹患する相対リスク(RR)を算出した。有意差検定はχ2検定によった。 

その結果、COVID-19コホートでは、6つの対照コホートのいずれよりも、COVID-19診断後14〜90日の間に新規に精神疾患の診断を受けるリスクが増加していた〔対インフルエンザ:HR 2.1、95%信頼区間(CI)1.8-2.5、対他の呼吸器感染症:同1.7、1.5-1.9、対皮膚感染症:同1.6、1.4-1.9、対胆石症:同1.6、1.3-1.9、対尿路感染症:同2.2、1.9-2.6、対大きな骨の骨折:同2.1、1.9-2.5、いずれもP<0.0001〕。精神疾患の診断の中で最も多かったのは不安障害で、その罹患率は4.7%(95%CI 4.2-5.3)に上り、かつ6つの対照コホートと比べたHRは1.59から2.62の間だった*a(データの詳細は本文欄外の注釈a参照;いずれもP<0.0001)。さらに、不眠も(6つの対照コホートと比べたHRは1.85から3.29の間*b、いずれもP<0.0001)、65歳以上の認知症も(6つの対照コホートと比べたHRは1.58から2.24の間*c、いずれもP<0.01)、罹患率が高かった〔それぞれ1.9%(95%CI 1.6-2.2)、1.6%(同1.2-2.1)〕。再発も含めた全ての精神疾患の罹患率についても、COVID-19コホートは有意に高かった(6つのコホートと比べたHRは1.24から1.49の間、いずれもP<0.0001)。全ての精神疾患の罹患率は18.1%(95%CI 17.6-18.6)であり、このうちの5.6%(同5.2-6.4)は新規に診断された例であった。 

一方、研究の前年に精神疾患の診断を受けていた患者では、対照コホートと比べ、COVID-19の罹患リスクが有意に高く(RR 1.65、95%CI 1.59-1.71、P<0.0001)、特に76歳以上では男女とも高かった(男性:同1.94、1.60-2.34、女性:同2.17、1.89-2.48)。 

著者らは、「今回の研究は、頑健性もサンプル数も十分なもので、得られた結果は、おそらく、そのまま受け入れられるものであろう。ただ、ここで示された数字は、COVID-19生存者において精神疾患がこれだけは増える、という最小値を示したものに過ぎない。今後、COVID-19患者の数が増え、また生存期間が延びていくと、今回出した数字の精度を高められるだろうし、稀な、あるいは遅発性の精神疾患を拾い上げることもできるのではないか」と述べている。(編集協力HealthDay)

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注釈
*a
対 インフルエンザ:2.25 (1.87-2.69)
対 他の呼吸器感染症:1.89 (1.63-2.18)
対 皮膚感染症:1.96 (1.68-2.29)
対 胆石症:1.59 (1.30-1.94)
対 尿路感染症:2.51 (2.08-3.03)
対 大きな骨の骨折:2.62 (2.22-3.09)

 


*b
対 インフルエンザ:3.26 (2.36-4.49)
対 他の呼吸器感染症:2.35 (1.84-3.01) 
対 皮膚感染症:2.15 (1.67-2.77) 
対 胆石症:1.85 (1.35-2.54) 
対 尿路感染症:3.29 (2.38-4.53) 
対 大きな骨の骨折:2.43 (1.88-3.15)

 


*c
対 インフルエンザ:2.08 (1.77-2.46)
対 他の呼吸器感染症:1.67 (1.47-1.90) 
対 皮膚感染症:1.63 (1.42-1.87) 
対 胆石症:1.58 (1.32-1.88) 
対 尿路感染症:2.24 (1.90-2.65) 
対 大きな骨の骨折:2.14 (1.86-2.47)

参考文献

  1. Taquet M, et al. The Lancet Psychiatry 2021 February;8(2):130-140.