COVID-19が人々のメンタルヘルスに与えた影響とこれからの精神科医療のあり方~ COVID-19を精神科の視点で考える Vol.1

樋口輝彦先生(国立精神・神経医療研究センター 名誉理事長/一般社団法人日本うつ病センター 名誉理事長)

今般のCOVID-19感染拡大により、精神科医療の現場では感染対策だけでなく、感染拡大の状況下で不安を感じる患者さんや症状が不安定になる患者さん、またCOVID-19に対峙する医療関係者のケアへの対応なども重要な課題となっています。COVID-19感染拡大が日本の精神科医療にどのような影響を及ぼしているのか、国立精神・神経医療研究センター名誉理事長/日本うつ病センター 名誉理事長 樋口輝彦先生にお話を伺いました。

―COVID-19感染拡大が日常的な精神科診療にどのような影響を与えたか、樋口先生の臨床実感を交えてお聞かせください。

COVID-19感染拡大による緊急事態宣言などに伴い、人々は病院受診を避ける傾向がみられました。COVID-19感染拡大前は、精神科診療所数の増加や精神科の「暗い」イメージの改善によって受診が比較的気軽なものとなり、精神科医療の治療原則である「早期診断・早期治療」へとつながっていたと思います。しかし、こうした受診控えによる治療介入の遅れが、患者さんの精神疾患の再発・再燃リスクを高めた可能性があるだけでなく、「早期診断・早期治療」の推進にブレーキをかけいるのではないかと懸念しています。感染対策のために受診を避ける患者さんは依然いると思われ、今後この問題は顕在化してくる可能性がありますが、すでに生じている治療の遅れを取り戻すためには、オンライン診療の普及が重要だと感じています。私が診察を行っているクリニックでは、再診の場合電話で診察が可能です。しかし、電話を介した診療よりも、画面越しにでも患者さんの表情や動作を見ることができるオンライン診療のほうが、より患者さんの変化に気づくことができると思います。臨床での印象ですが、緊急事態宣言下では通院患者さんだけでなく、初診患者さんの受診も減少していたように思います。今後のさらなる感染拡大の可能性も考慮すると、初診から保険適用でオンライン診療が行えるような診療報酬の整備が望まれます。

―感染者やその家族などに対する差別やいじめが社会問題化したことについて、樋口先生のお考えをお聞かせください。

COVID-19感染者やその家族が地域で差別やいじめを受ける、いわば村八分のようなことが起きているようですが、これは感染症や衛生に対する認識の誤りから生じていると考えています。一部の人々がもつ誤った感染症や衛生への認識を正すためには、「差別と区別」をわけて考えることができるような教育が必要であると思います。正しい知識をもったうえで感染対策として「区別」をすることは必要です。しかし「差別」には未知のものに対する恐れや不安、誤った知識や認識などが背景にあると思います。「差別と区別」を分けて考えるためには、学校教育だけではなく、家庭や職場などでの教育も重要になります。しかし、差別には文化や個人の思想なども関係しており、教育だけでは補い切れない側面もある非常に複雑な問題であるといえます。
歴史上、感染症に対する差別は繰り返されています。これまでの結核やハンセン病に対する差別も、原因や治療法がわからないことによる恐れや不安から引き起こされていました。結核やハンセン病に対する差別は、抗生物質の登場により治療法が確立され、人々に原因や治療法が周知されたことで次第になくなりつつありますが、偏見や差別についてはいまだに課題が残されていることも事実です。COVID-19もこれと同様の経緯を辿ることが懸念されます。既に、COVID-19感染拡大下では「コロナ警察」と呼ばれる人々が出現しました。休業要請を受け入れない店舗や行動自粛をしていない人々、また地方を訪れた首都圏在住者が投石されたり、手紙やオンライン上でいやがらせ行為を受けたりということもあったようです。第二次世界大戦下の日本における隣組を彷彿とさせますが、これらのことも「差別と区別」が関係する問題であると思います。感染症に対する差別をこれ以上起こさないためには、感染症に関する正しい知識が社会全体に迅速に周知され、「差別と区別」を分けて考えることができるようになることが必要であると思います。

―COVID-19と対峙する医療関係者のメンタルヘルスについて、樋口先生のお考えをお聞かせください。

COVID-19の診療に実際に現場で携わっている医療関係者の心理的負担は非常に大きいと思います。また、医療とは関係のない場面で、医療関係者当人だけでなくその家族なども差別やいじめの対象になっていると聞きます。このようなことはあってはならないのですが、実際に起こっています。過酷な医療業務だけではなく、差別などによる心理的負担も抱える医療関係者が、今後さらなる感染拡大に直面した場合、より一層疲弊しバーンアウトしてしまう可能性があります。
私が臨床で大切にしていることは、病院スタッフに疲労を溜めさせないことです。そして同じ場所で、同じ内容の仕事を長期に渡り続けることも避けた方がいいと思います。そのためには、医療関係者の勤務管理をする立場にある人が、医療関係者であるがゆえに抱えがちな心理的負担に十分配慮し、休息がしっかりと確保できるような院内のローテーションを考えることが大切になってくると思います。

―COVID-19感染拡大に伴い、以前からうつ病をはじめとした精神疾患により通院している患者さんに変化はみられていますか。

臨床では、先に述べたような受診を避ける患者さんが出てきている一方で、そうでない患者さんもいる印象です。受診を避ける患者さんの中には、受診に限らず全ての行動を控え家に籠っているような患者さんもいます。そのような患者さんは閉塞感を感じ、長期化すると一種の拘禁反応のような症状を呈する可能性もあるため注意が必要と感じています。
一方で、職場環境が原因でうつ病となった在職の患者さんや休職中の患者さんでは、在宅ワークに切り替わったことで、症状が改善されるようなケースもあります。つまり、患者さんの状況や性格によって、今般の状況変化の影響や受け取り方は異なっていると言えます。

―COVID-19感染拡大の終息が見通せない状況ですが、今後樋口先生が懸念されていることはありますか。

COVID-19感染拡大により家で過ごす時間が増えていますが、それに伴いDVや虐待が増加してきているといわれています。在宅時間の長期化などに伴う心理的な閉塞感から、衝動的な行動が引き起こされている可能性があります。このようなケースの場合、人々が家での過ごし方についてのアイディアやヒントを、インターネットなどを活用して情報を得ることができれば、DVや虐待防止につながるのではないかと思います。
もう一点懸念しているのは、自殺の増加です。自殺の原因のひとつは先にも述べましたが、精神疾患を有する患者さんの受診控えによる治療介入の遅れや、薬の中断による再発・再燃です。また、COVID-19に関連した差別やいじめ、人との接触を避けることによる孤立なども自殺の原因になると思います。そしてやはり、今後は経済的な理由が自殺の大きな原因のひとつになると思います。すでに多くの人々が深刻な経済損失を被るなかで、感染拡大の第2波も到来し、集束が見通せないなか、これまでなんとか持ちこたえてきた多くの企業や人々は今後さらに倒産や失業に追い込まれ、それに伴い自殺者数は増加することが懸念されます。1998年度に日本の自殺者数が3万人を超えたときも、バブル崩壊後、相次ぐ企業の倒産により失業者数が増加し、それに伴い自殺者数が急増しました。当時は経済的理由によるうつ病が多かったと予想されますが、そこから精神科への受診行動にはつながらずに自殺に至ったケースは多かったと考えています。現在も同様で、臨床でCOVID-19感染拡大をきっかけとしてうつ症状を訴えるようになったという患者さんはあまり見受けられません。
今こそうつ病啓発が必要ですが、過去の事例から推測すると、経済的理由によるうつ病は、原因が明らかであるがゆえに啓発を行っても受診行動につながらないことが多いため、精神科医療による解決が難しいと感じています。現在の医療システムでは、われわれ医療側は患者さんの受診を待つだけの受け身の姿勢となってしまいますが、これからは医療側が患者さんへ積極的に関わることができるシステムのようなものが必要だと思います。例えば、健康問題や経済的問題、対人関係など、ジャンルを問わず総合的に患者さんの悩みを聞けるような場を提供することができれば、患者さんが抱える問題を1つずつ洗い出し、それぞれの問題に対して解決策を提案し、必要であれば精神科医療による介入を行う。そのようなシステムが構築できれば、今後増加する可能性のある自殺への対策として有用となると思います。

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年9月4日
場所:ルンドベック・ジャパン㈱ 本社

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